七月二十日・二十一日@ブダペスト

七月二十日

最近起きるのが遅くなってしまう。あんまり寝れないことはないが、寝すぎるときはたまにある。体調がいいのか悪いのかわからない。起きてパンを食べる。オフィスのパッキングついでに空いてるスペースにお米を炊く用のストウブをつめたので、お米を炊くものがない。正確に言えばステンレスの鍋があるが、使ったことがない(ストウブの方が厚手だけど、原理的にはステンレスでもいけるはずだが)。

大学に行って机に座り、この場所にいるのも今週だけなんだなぁと思う。来週オフィスとラボの引越しで、今座っている机や椅子まで持っていかれる。新しいのを買ってもらえるわけではない模様。ラボの物品はまだ実験が続くので一部はブダペストに残る。

お昼に予約をとってコンタクトレンズ屋さんに行ってコンタクトを作る。しばらく作ってもらったので視力を測ってもらった。日本だったら無料でやってくれる気がするが、ここではお金を取られた。しかししっかりした診断書を出してくれたので特に不満はない。

久しぶりにメガネなしで過ごすと、それはそれで新しい感じがして良い。一番よくつけていたのは高校生〜浪人のときだったが、特に浪人時に勉強しすぎて目が痛くなったのでコンタクトからメガネに変えて、なんだかんだそのまま今まで過ごしてきた。今日つけたレンズはやっぱりあれから十五年ぐらい経ってるから品質も上がって(当たり前だ)、長時間つけてもしんどくなさそうだ。

次の実験は初めてPreregistration(実験内容の事前登録)しようと思って、書類を作成していたのをとりあえず先生に送ってみる。細かさにも色々あって「とりあえずこんな感じでやります」と適当に書くものから、テンプレにそって仮説、データの収集法、分析の仕方(具体的な統計解析)も書かせるものもあって、とりあえず最初なので細かい方を試してみることにする。前にやった実験を踏まえてだから完全に新しいことをするわけではないが、それでもここまで細かく書くのはかなりしんどいと感じた(結局数日かかった)。

七月二十一日

今日は待ちに待って待ち続けた滞在許可証が大学に届く日。朝はまたあまり早く起きれなかったが、朝ごはんを食べて大学にいく。日焼け止めを塗り忘れたことに気づく。

大学についてラボのコンピュータのセッティングなどを手伝う。他の二人は今ウィーンにいて、今やコロナがあったこともあって、自然とZoomでやり取りすることが普通に増えた。ずっと一人で作業していたので、やっぱり誰かと何かをするのはいいなと思った(ラボの仕事だから自分の研究は何一つ進んでないが)。

一時になったら滞在許可証を取りに来いと言われたので大学本部に行く。街はヨーロッパからの観光客も増えてきたし、日々の生活も通常に戻りつつあるが、うちの大学本部はいまだに厳重なセキュリティで普通に行っただけでは入れてくれない(多分トイレも貸してくれない)。予約しているので学生証を見せて入れたが、いつまでこの状態が続くのかと思う(自分の学部が入ってる建物はゆるゆるなので普段は困らないのだが)。

滞在許可証をもらったついでにオーストリアのビザの手続きのために必要な書類(大学が発行するもの)について聞くと、私のプログラムはまだオーストリアで認可されてないから、発行できるのは認可されてからだと言われる。しょうがないとはいえ、これだといつオーストリアでビザの申請ができるかいよいよわからなくて困る。

オーストリアのビザの申請に必要な書類はハンガリーと比べてたくさんあるが、その中でも特に三ヶ月以内に発行されたものじゃないと無効というものがいくつかあって、それらは日本の場合大使館経由で取り寄せると二ヶ月から三ヶ月かかる。つまり、ビザの申請日時がおおよそわからないと、時期が悪ければ再度取り寄せなければならない。警察関係の書類などは特に時間がかかるので、そんなこと何度もお願いしたくない。

楽観的にとりあえずハンガリーの滞在許可証を持ってウィーンに移動して、滞在中(一応90日間)にオーストリアのビザ申請をするかと思っていたが、そもそも90日以内に私のプログラムの認可が降りるのかすらどうか怪しくなってきた。

一応90日以内とはいえ、滞在証さえ持っていれば陸続きのヨーロッパでは細かくどこに何日滞在していたか追跡することはできないので、厳密に90日以内でなくてもおそらく大丈夫だが、とはいえハンガリーの滞在許可証で堂々と一年も居座ることはよくないと思うので、なるべく早く解決してほしい。結局最初の数ヶ月だけウィーンにいてあとは海外のフィールドワークに行くかまたブダペストに帰るということすらありえそうである。

こういうことをふと引いて考えると、普通の大学院生はそんな心配しなくていいのだから、博士の間の気力とか体力とか時間を無駄なことに使ってるなぁという気持ちにもなるが、人生という長い期間で見ればむしろ色んな国に住めてラッキー(私は引越し好き)とすら思えるので別にいいかとは思っている。