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またはじめてみようかな。

こんにちは!もりたあつこです。

実は私、どこにも書いていないんですけど、着付師の資格を持っています。
そう、着物を人に着せることができる資格。

もちろん自分でも着れるんですけど、コロナ禍以降、着物にまったく袖を通さなくなりました。
というのも、プライベートで外出することがなくなったのが一番大きいですね。

今回は、そんな着付師の学びを通して活かしていることをお話しします。

さて、私が着物が好きな理由は、はるか幼少時代までさかのぼります。


普段着の着物

私が生まれ育った家は、決して裕福な家庭ではなかったけど、それなりにご飯には困らない生活をしていました。

そんな子供の頃の写真を見ると、よく祖母が着物を着ていて、それも、普段着の木綿や絣(かすり)などの地味なもの。

そして私たち孫には、正月になるとよく着物を着せてくれていました。
もちろん、和裁が得意な祖母のお手製です。

年末は、祖母と母がおせちを作って、正月になると子供たち全員(私は4姉妹)に着物を着せてくれて…。
その着物を着たまま、羽根つきなんかも近所の友達とやっていたな、とふと思い出しました。

このときの私の気持ち――

きもの着て遊ぶのって楽しい♪

そんなお正月も、小学校の高学年になる頃から洋服で過ごすことが多くなり、洋服のオシャレを楽しむようになっていました。


成人式の着物

中学、高校時代は、着物を着ることもなくなっていたけど、どこかで「また着たいな」という気持ちがあったと思います。
その気持ちを爆発させたのが、成人式。

地元の家族経営されている呉服屋さんに、母と一緒に生地を選びに行きました。
色合い、柄の入り方など、とにかくこだわり、選んだのは当時には珍しい、大胆な総柄。

色味も、ピンク、黄緑、オレンジなどの中に、金糸なども使われていて、豪華!
それでいて、明るく上品。

この着物、「流水」の地模様が入っているので、呉服屋さんには「歳取ったら染め替えして、訪問着などに仕立て直ししてもいいですね」と店員の方に勧められたのを覚えています。
でも、この柄が好きで、いまだにそのままの姿で残しています。


大人の訪問着

さて20代も中盤になると、結婚披露宴などに呼ばれることも増えました。
夏ものや単衣の時期を除いて活躍したのが、訪問着です。

うちの母は、私たち4姉妹がお嫁に行った先でも着られるようにと、全員に訪問着を仕立ててくれました。
これには「自営業で大変な時もあったのに!?」と驚くと同時に、とても嬉しかったです。

その訪問着は、花と鳥の絵が描かれたシンプルなもの。
淡いピンクの地に、渋めの葉のグリーンや、鳥の茶色、白い花の中央の柔らかな黄色。

こちらも大のお気に入りで、30~40代でもとても重宝しました。

でも自分では着ることができなかったので、近所の着付けができるおばちゃんにいつも頼んでいました。(もちろんお礼のお代は受け取っていただいていました)

そんなおばちゃんの手際の良さに感動して、「いつか着付けができるようになりたい」と思ったのでした。


着付け教室で学んだこと

40代半ば、ご近所で着付け教室を見つけ、通いはじめました。
最終的に、着付師の免状をいただきましたが、その後の実践がないので、結局、自分で着るくらいしかしていません、笑。

でも私としては、とても勉強になった2年間でした。
「礼法」に基づいた、着物を着ているときの立ち居振る舞いや、食事での作法などの礼儀作法を教えていただいたことです。

例えば、お辞儀ひとつとっても、その歴史であったり、その所作には何が大切なのか、ということなども教わりました。

この単なる形だけではない礼儀作法、日本の文化的背景を学ぶことは、そのまま現在、行なっているビジネスマナーの研修をするときにもとても役立っています。


おわりに

少しずつ、秋が深まってきた感じもする今日この頃。
コロナ禍ではあっても、少しずつ外に出る機会も増えてきました。
そうすると、そろそろ着物を着てお出かけすることをまた始めようかしら、と思っています。

その前にちょっと着る練習しないといけないかもしれませんが…汗。
でも着物を着たときのあの背筋がピッとなる感覚がとても好きなんだよなー♡なんていうのも思い返してみたり。

そういえば姪っ子の七五三の時(もう6年前!)に、七五三の着付けをしたのを思い出しました!


ということで、今回も他愛ない話に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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