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「他に適当な人がいないから安倍内閣を支持する」という理由の裏側

1.時事通信の世論調査 (2019年11月)

時事通信が8~11日に実施した11月の世論調査で、安倍内閣の支持率は前月比4.3ポイント増の48.5%、不支持率は同3.6ポイント減の29.4%となった。2閣僚の辞任や大学入試への英語民間試験の導入見送りなど、政権の不手際が相次いだにもかかわらず、支持率は上昇した

「不祥事だらけ」と言わんばかりのこの状況の中、安倍内閣の支持率が上昇したという世論調査の結果には驚かされました。とはいえ、支持率の推移を見てみると、2017年の夏(「加計学園」問題が注目されていた時)以降、大きな下落はみられず、おおむね40%〜45%前後を推移している印象です。

今回の世論調査で大幅に支持が高まったというよりも、半数近くの国民が安倍内閣を “継続的に” 支持していると考えるのが妥当ではないかと思います。

支持率推移についてのグラフ(時事通信社)は以下に引用しておきます。

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しかし、“2閣僚の辞任や大学入試への英語民間試験の導入見送りなど、政権の不手際が相次いだにもかかわらず” 、なぜ、安倍内閣は支持され続けているのでしょうか。まずは、時事通信の世論調査から安倍内閣の支持理由を探ってみます。

内閣支持の理由(複数回答)は「他に適当な人がいない」23.0%、「リーダーシップがある」13.1%など。支持しない理由(同)は「期待が持てない」14.3%、「首相を信頼できない」13.8%などだった。

この調査結果を踏まえれば、「他に適当な人がいない」「リーダーシップがある」といった理由が安倍内閣を支持し続ける理由の核といえるでしょう。

念のため、ほかの世論調査も参照しておきます。NHKの世論調査 (2019年11月) では、内閣支持率が47%となっています。支持する理由は、「他の内閣より良さそうだから」が47%と圧倒的に多く、「実行力があるから」と「支持する政党の内閣だから」が、それぞれ16%程度となっています。

テレビ朝日 報道ステーションの世論調査 (2019年11月) では内閣支持率は44.4%となっており、支持理由はこちらも「他の内閣より良さそうだから」が39.7%と明らかに多かったようです。次いで「支持する政党の内閣だから」が18.8%となっています。

TBSの世論調査 (2019年11月) では、安倍内閣を「非常に支持できる」が7.1%、「ある程度支持できる」が47.2%となっています。しかし、支持する理由については他社でみられる「他より良さそう」という選択肢がないからか「特に理由はない」が最多となっています。

なお、読売新聞の世論調査 (2019年11月) では、安倍内閣の支持率が49%となり、前月の55%よりも6ポイント下がっています。同様に、FNNの世論調査 (2019年11月) でも支持率が6ポイント下がっており、45.1%となったようです。これらの結果を、相次ぐ不祥事に対する民意の反映とみることも可能だとは思いますが、それでもおよそ過半数の国民が支持しているということには変わりありません。

以上のような世論調査を踏まえると、不祥事が続く中でも安倍内閣の支持が下がらない(※)ことの背景には、自民党を積極的に支持する層が多いというよりも、「他に適当な人がいない」「他の内閣より良さそう」という認識を持った人や、安倍内閣について「リーダーシップがある」「実行力がある」といった評価をしている人たちが多いことにあると考えられます。

※各社の世論調査を総合的に分析している、三春充希(はる) ⭐みらい選挙プロジェクト さんは「内閣支持率はやや下落傾向」と分析しています。しかし、支持率が大幅に下がっているとは言い難い(ある程度は維持している)状況のため、本稿では「支持が下がらない」と表現しています。

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出典:三春充希(はる) ⭐みらい選挙プロジェクトさんのツイート (2019年11月18日) より(→魚拓

2.「他に適当な人がいない」という支持の正体は何なのか

ところで、こうした「他に適当な人がいない」「他の内閣より良さそう」といった支持理由を聞くと、どこか釈然としない気持ちになります。

というのも、各世論調査において個別の政策に対する賛否を見ていくと、必ずしも安倍内閣の方向性とは一致していません。例えば、先ほども引用したNHKの世論調査 (2019年11月) をみていくと、安倍政権の目玉政策とも言える「憲法改正」に肯定的な声は3割にとどまり、消極的・否定的な声が過半数を占めています。教育政策の目玉であった「英語民間試験」のシステム導入の延期を支持する声も過半数にのぼります。

また、安倍内閣に望むことを尋ねた質問における上位はたいてい「社会保障」になるものの(同 2019年9月調査など)、11月調査を参照すると、安倍内閣の実績として最も評価していることを6項目から選択してもらった時に「社会保障」は最下位(6位)となっています。このように、有権者のニーズと安倍内閣の政治方向は一致しているとは思えないのです。

しかし、そんな状況でも「他に適当な人がいない」「他の内閣より良さそう」といって支持されるのはなぜでしょうか。

こうした支持の背景を読み解く一つの視点として、社会学者の中西新太郎の論考を取り上げたいと思います。中西は、著書『若者は社会を変えられるか?』の中で、いわゆる「モリカケ問題」「統計偽装」「癒着問題」などに触れながら、まず次のように指摘します。

従来の保守政治(自民党政治)は、実質はどうあれ、民主主義という統治形式に従う体裁をとっていた。ところが安倍自民党政権は、この体裁を捨て始めており、政権の意向を通すために適法性さえも無視するようになっている。(中略)

個々の不祥事や失態について世論の大勢がおかしいと感じ、野党がどれだけ異を唱えても、問題はやり過ごされ、改められることもない。「丁寧に説明してまいります」「適切に対処してゆく所存です」といった言葉の空虚さが示すのは、保守主義(保守政治)をふくめ政治舞台の共通基盤であったはずの民主主義的統治が、そのタテマエ通りに機能しなくなった現実である。(p.74)

安倍内閣の政治や、そこで起きているさまざまな不祥事が「民主主義的統治の機能不全」と密に関連しているという指摘です。しかし、中西はこうした事態が進んだ理由は「安倍政権の暴走」だけではないと分析していきます。むしろ、米国指導部の要求や財界の要求に応えるために、安倍内閣はこれまでの右派政治がしたがってきた「民主主義」というタテマエすらも捨てたのではないかというのです。

特異な右派政権だから統治の変質が生じたのではなく、これらの政策[注:秘密保護法制定、集団的自衛権の容認、安保法制の実現、新自由主義構造改革など]を実現するために、統治のしくみ全般の改変や社会全体の強権的な統合が必要かつ有効だということである。逆に言えば、私たちが当たり前だと考え感じてきた民主主義的統治を骨抜きにしなければ、支配層のめざす課題は遂行できないということである。(p.75)

さらに、中西は安倍内閣が「他に適当な人物がいない」という理由を中心に長期的に存続していることを「強権政治」という新しい政治のかたちへの支持の拡大と捉え、次のようにまとめます。

つまり、安倍政権の登場と存続は、強権を行使できること(「決められる政治家」)が優先する政治のかたちが出現したことを意味する。「他に適当な人物がいない」という理由での安倍支持は、誰が強権を振るえるかという判断基準にもとづいている。政治をすすめるためには民主主義は邪魔に感じられる。これまでの政治のかたちとはあきらかにちがう政治(強権政治)が広がったのである。(p.75-76)

中西の論考をまとめ直せば、安倍政権が「他に適当な人物がいない」という理由で支持されるのは、民主主義というこれまでの社会で培われてきた政治のかたちではなく「誰が強権を振るえるか=強権政治」という政治のかたちが広がり、市民からも支持を集めていることのあらわれとなります。つまり、一人ひとりの市民が「民主主義」を軽視してでも「決められること」を重視するようになったのが安倍内閣の支持の基盤にあるのではないかと考えられます。

こうした指摘は、世論調査での支持理由の中にみられた「リーダーシップがある」「実行力がある」といった理由とも一致します。支持の背景にあるものは、その強権性であり、本質的には「他に適当な人物がいない」と「リーダーシップがある」という理由が同じであることもうかがわせます。

次節では、日本人の「民主主義」に対する意識が低いのかについて、民間の世論調査をもとに読み解きます。

3.民主主義に対する意識

本節では、日本人の民主主義に対する意識を探るために、特定非営利活動法人「言論NPO」が実施した2018年の調査「日本の国民は、自国や世界の民主主義をどう考えているのか~日本の民主主義に関する 世論調査/有識者調査~」を見ていきます。

特に注目したいのは「8. 自由・平等か、国や社会の安定か」という質問項目です。以下に、結果を引用します。

民主主義の価値は、個人の自由と政治的平等が保障されることである。一方で、自由や政治的平等よりも国や社会の安定を重視する声もある。そこで、今回の調査ではどちらを重視するかを尋ねた。
その結果、「国や社会の安定」が42%で、「個人の自由と政治的平等」(31.4%)を上回っている
一方、有識者では「国や社会の安定」は29.7%にとどまり、「個人の自由と政治的平等」(63.4%)との回答が6割を超え、世論調査とは異なる傾向を見せている。

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表の出典:言論NPO「日本の国民は、自国や世界の民主主義をどう考えているのか~日本の民主主義に関する 世論調査/有識者調査~」

また、「11. 民主主義は好ましい政治形態なのか」という質問への結果をみると、好ましくないという回答は3.7%と多くないものの、「国民が満足する統治のあり方こそが重要であり、民主主義かどうかはどうでもいい」が32.2%で、「民主主義はほかのどんな政治形態より好ましい」の32%を上回っており、「わからない」の31.8%も合わせると、非民主的体制を容認したり、民主主義に対して確信を持つことができていない人の割合は6割を超えると分析されています(※)。

※この結果については、2019年9月に行われた「日本の民主主義に関する世論調査」では逆転がみられており、「民主主義はほかのどんな政治形態より好ましい」という回答が最大になっています。
参照:日本の政治・民主主義に関する世論調査結果 2019年9月

さらに、「12. 強い政治リーダーは必要か」という質問については、「あくまでも民主的なプロセスを重視し、その中でリーダーシップを発揮すべき」という回答が46%で最も多いものの、2017年からは10ポイントも減少しています。そして「自国の経済や社会がより発展するのであれば、多少非民主的でも強いリーダーシップを持っても構わない」という回答は20.4%となっています。

以上の調査から見えてくるのは、民主主義というものが完全に信頼を失ったわけではないものの、民主主義の大きな価値である「個人の自由と政治的平等」よりも「国や社会の安定」を求める声が強く、民主主義に対する確信度や信頼感があまり高くないため、非民主的体制を支持したり、強権的なリーダーを容認するような声が一定数あるという実態がみえてきます。日本人の民主主義に対する意識は、強権の志向性に押されてきていると言えそうです。

4.おわりに

現在(2019年11月中旬)、日本政治を大きく揺るがしているのは「桜を見る会」をめぐる問題ではないかと思います。今年分の名簿をすでに廃棄しているという問題から金銭的な問題まで見ていった時に、民主主義の根幹を揺るがす事態であると考えている人も少なくないと思います(私もその一人です)。

一方で、俳優のつるの剛士さんのTwitterなどにもみられるように「くだらないこと」と考えている人もいます(→魚拓)。

こうした発言については、いわゆる「エクストリーム政権擁護」と揶揄されるような安倍内閣に対する強力な援護というわけではなくて、もっと単純に「民主主義を守ろう」という大きな話よりも目の前の災害復興を優先してほしいというだけだったのではないかと思います。

「桜を見る会」の問題に限らず、現在の日本政治の「民主主義的統治」の崩壊を感じるような事例は数多くありましたが、それでも支持が続いていく背景は、ここにあると考えています。「民主主義はどうなったっていい。なぜなら、僕が(僕たちが)生きていけるので」。そんな空気感が、安倍内閣を支持する空気を生んでいると考えます。

少し逸れますが、「野党は反対ばかり」という声もまた、賛成と反対をぶつけ合う「議論」ばかりしていては目の前に起こっている様々な課題に対処できないという心性に支えられているのかもしれません。「対案を出せ」という声にも、ある案を時間をかけて議論するより、手っ取り早く選択させてほしいというような心性を感じます。

民主主義の基本中の基本である「議論」を捨てても良いと言わんばかりのこうした意見もまた、本稿で見てきた状況と一致すると言えるでしょう。

近年の日本政治は、強行採決ばかりを繰り返し、公文書や国の基幹統計は改竄され、何かあると「責任を果たす」と言いながらまともに責任はとらず、三権分立も機能しているのか疑わしく、報道への圧力もみられ、専門家の意見はまともに取り合わず、国のトップが不規則なヤジを連発する。そんな状況です。

こうやって見ていくと日本は「民主主義国家」なのかさえ疑わしいわけですが、それでも安倍内閣が支持される背景にあるものは「民主主義」という制度への不信感、ないし「民主主義」に対する価値の低下によって生み出された「強権政治」への支持なのだと思います。

そして、「他に適当な人がいない」「他の内閣より良さそうだから」といった支持理由もまた、安倍内閣の政治手法を容認し、不祥事に目をつぶっている、つまりその強権性を(消極的にでも)支持している以上、やはり「強権政治」の支持と言えるでしょう。

最後に、本稿は「なぜ、安倍内閣でなければならないのか」という部分への回答にはなっていません。あくまで、どうして「安倍内閣は(不祥事があっても)存続できるのか」というテーマについて、民主主義への価値が下がっているという状況が大きな背景なのではないかと読み解いたため、「安倍内閣だから」支持されているのかは不明です。この点について、少し補足しておきます。

まず、安倍内閣を “消極的に” 支持する心性については、こちらのnoteで取り上げたことがあります。朝日新聞の連載記事で取り上げられていた安倍政権を支持する「声」について心理学の視点から読み解きました。

この論考では、「現状維持バイアス」「システム正当化理論」「信頼モデル」という3つの理論(モデル)から安倍内閣への支持を分析していきました。が、この中で見えてきた実態は「現在の政権が安倍政権だから安倍政権を支持する」とも言えるような、消極的な支持でした。

また、安倍政権に対する支持と自民党の支持がある程度は重なることを考えれば、自民支持の背景を読み解くことも重要です。この観点について、特に若年層が自民党を支持する要因については、吉川徹・狭間諒多朗 (編)『分断社会と若者の今』が参考になります。

その中でも、社会学者の松谷満が担当した第3章「若者はなぜ自民党を支持するのか」では、2015年に行われた社会調査のデータをもとに、若年層による支持の背景にあるものが、保守的な傾向ではなく「物質主義」「新自由主義」「宿命主義」といった価値観であることが読み解かれています(※)。

※壮年層における結果は若年層と一部食い違っているので、有権者を全体として捉える上では注意が必要です。壮年層では、物質主義や新自由主義に加えて、伝統主義や権威主義も自民党支持を規定する変数となっており、宿命主義が自民党支持にマイナスの影響を与えていることが確認されています(松谷, 2019)。

物質主義」や「新自由主義」は、「個人の自由と政治的平等」よりも「国や社会の安定」を求める声と相まって強権政治を支持する理由となりますし、「宿命主義」についても、本稿で見てきたような、ある意味での「民主主義への諦念」を支えている可能性があるでしょう。

(引用)
物質主義とは、経済をより重視する意識と言い換えることができる。これまでの積み上げられてきた政治学の理論では、経済成長で社会が豊かになると人々の意識は経済よりも、文化や環境といった脱物質主義へと向かうと説明されてきたが、日本の若年層はより経済を重視している。

新自由主義は、市場への政府の介入を最小限にし、より個人間の競争が重視する価値観だ。市場の中で勝てる人々=持てる人々にとっては、共感しやすい価値観だと言えるだろう。

宿命主義は「いくら努力しても報われず、あらかじめ家庭環境等によって人生は決められている」という価値観である。行き着く先は、政治に期待することもせず、努力しても無駄だから自民党でいいという価値観だ。

11月20日には、安倍晋三首相の在任期間が憲政史上最大となります。菅官房長官が、長期政権となった要因について、「政権としてやるべきことを明確に掲げて政治主導で政策に取り組んできたことや、経済再生最優先を掲げて雇用を確保することができたことも大きいのではないか」と述べている(→参照)ことを考えても、本稿で見てきた「民主主義よりも強権政治」という志向性はかなり強いのではないかと思います。

安倍内閣もいつかは終わりを迎えるわけですが、日本政治が市民に支えられながら「強権政治」の道をその後もひた走るのかもしれないと考えると、暗澹たる思いになるばかりです。

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