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デンマーク×禅×アドラー心理学=幸福学?

世界幸福度ランキングで、常に上位に入るデンマーク。
なぜだろう?と思う方もたくさんいらっしゃると思います。

幸福研究所によると

デンマークには、The Happiness Research Institute (幸福研究所)というシンクタンクがあって、2014年に出されたThe Happy Danes (幸せなデンマーク人)リポートによれば、デンマーク人が幸せな理由は以下の8つが重要なカギを握っていると考えられるのではないか、としています。

  • Trust(信頼)

  • Security(安心)

  • Wealth(富)

  • Freedom(自由)

  • Work(仕事)

  • Democracy(民主主義)

  • Civil Society(市民社会)

  • Balance(バランス)

私もデンマークに暮らして20年になるので、この項目がデンマーク社会やデンマーク人の毎日の暮らしにとってどういう意味を持つのか、実感としてとてもよく理解できます。確かに、こういったキーワードは、デンマーク人の価値観の中にもなくてはならないものばかりです。

では、なぜデンマークでは、こうしたキーワードが大切にされているのか。どのような思い、どのような考え方からなのか。
長年、知りたいと思い探求し続けているテーマなのですが、ここ2年ほどで、その糸口が掴めてきたような気がするのです。
そのきっかけとなったのが、禅仏教と、アドラー心理学を知り始めたことです。

禅仏教とデンマークの人たちの考え方の親和性

2年前に、縁あって禅仏教のワークショップに一年近く参加しました。
今では、私の心のお師匠さんである、藤田一照さん『初心の技術』塾というもので、鈴木俊隆老師『禅マインド ビギナーズマインド』『禅マインド ビギナーズマインド2 ノット・オールウェイズ・ソー』という2冊の本を中心に、ビギナーズマインド、初心とはなにか、について掘り下げることに取り組みました。

その中で驚いたのが、鈴木老師の教えとデンマーク人の考え方や実践が一般的に見て、とても似ているところが多く、親和性が高いということでした。それは、私がこのワークショップに入る前はまったく予想もしていなかったことでした。

例えば、常に空〈エンプティ〉の心を持っていること。「極める」といったような専門家の境地にならず、新しい考え方や疑問に、心が開いていて、受け入れ、学ぶことができる。

例えば、誰かはこの世界から分離することはできない。何かの行為は世界全体という背景なしには存在することができない。なにごとかを、他のことと切り離すことはできない、ということを知っている。

 経験を分析するとき、われわれは時間、空間、大きい、小さい、思い、軽いといったいろいろな考えをもちます。なんらかの尺度は必要です。われわれはいろいろな尺度を心にもって、ものごとを経験しています。しかし、物それ自体には尺度はありません。それはわれわれがリアリティに付け加えたものです。われわれは常に尺度を使い、それにあまりにも頼っているので、尺度がほんとうにあるものだと思っています。しかし、そんなものは存在していないのです。もし尺度がほんとうに存在しているのななら、物と一緒に存在していることでしょう。尺度を使って、一つのリアリティを大きい、小さいなどと、いくつもの実体に分析します。しかし、何かを概念化したとたんに、それはもうすでに死んだ経験なのです
 われわれはものを判断するとき、たいてい自分を基準にして、それをおこなっています。だから自分の経験から、大きい、小さい、良い、悪いといった考えを「空っぽにする」のです。われわれが良いとか悪いとか言うとき、その尺度は実は自分なのです。その尺度はいつも同じだとは限りません。一人一人が異なった尺度をもっています。ですから、尺度がいつでも悪いと言っているのではありません。でも、われわれは分析するとき、あるいは何かについての考えをもつとき、ともすると利己的な尺度を使いがちです。その利己的な部分は空じられなければなりません。その部分をどのようにして空にするかといえば、それは座禅を修行して、大きいとか小さい、良いとか悪いといった考えを少しももたないいで、ものごとをあるがままに(things as it is)受け入れることに、もっと慣熟することによってです。

『禅マインド ビギナーズ・マインド1』20.つねに空であること より

20年デンマークに暮らしてみて、出会ってきたこの国の多くの人たちは、いつも「オープンである」「開いておく」「たったひとつの正解や完成形を求めない」というあり方や価値観を大切にしているように感じます。まずは、ありのままを受け止めて、そこから「なぜ?」を考えます
そこには、自分のモノサシの尺度からくるフラストレーションや怒りに似たような感情は立ち上がりにくく、「どうしてだろう?」という好奇心が先に立つという心の動きに向かいやすいのではないかと思うのです。好奇心は、おもしろい、楽しいという方向の感情を生み出しやすいのではないか。そういう思考の習慣があれば、機嫌良く過ごせる時間や機会が増えるのではないでしょうか。
そこに、ひとつデンマークの人たちの幸せな感覚を支えるヒントが見えたような気がするのです。

アドラー心理学とデンマークの人たちの考え方の親和性

そして、昨年は偶然なのか必然なのか、アドラー心理学との出会いと探求の年となりました。アドラー心理学、という名前は以前から聞いたことがありましたし、日本で本屋さんに行くとよくそういった内容の本も見かけていましたが、なぜか手にとったことはありませんでした。それが、昨年にはアドラー心理学に様々な形で関わっている友人が、「読んでみて!」「おもしろいよ!」「こんな本が出ましたよ!」と関連書籍を何冊か送ってくださって、ついにその内容を少し知る機会を得たのです。その中の一冊が、アドラー心理学×幸福学でつかむ!幸せに生きる方法という本でした。著者の平本あきおさんはアドラー心理学のエキスパートでありメンタルコーチで、以前、公開討論の場でパネリストとして一緒に登壇させていただいたご縁があり、また、著者のもうお一方の前野隆司さんは、幸福学、ウェルビーイングの研究の第一人者。おふたりのことは、すでに多くの方がご存じだと思います。前野さんとは、私はパートナーのマドカさんとお仕事でご一緒させていただいたことがあり、これまたご縁があります。この本の編集を手掛けた中田久美子さんは、デンマークで私がコーディネートするスタディツアーに参加してくださって以来のご縁で、この本をご紹介くださいました。

さまざまなアドラー心理学の本、そして「アドラー心理学×幸福学でつかむ!幸せに生きる方法」を読んで驚いたのも、「これって、デンマークの人の考え方や実践のしかたにすごく似ている!」ということでした。

アドラー心理学といえば、最も重要なキーワードのひとつは『共同体感覚』でしょう。『共同体感覚』を構成する3つの要素は、1980年代にアドラー心理学を日本に紹介した精神科医の野田俊作先生によると、

  • 自己受容 自分の良いところ、ダメな欠点も含めて自分を受け入れられること

  • 他者信頼 まわりの人を信頼できること

  • 貢献感 まわりの人の役に立てているという感覚

だそうです。
実は、この3つとも、デンマークではすでに家庭や保育園、幼稚園からこうした感覚、つまり『共同体感覚』を養うための教育がベースになっています。そして、学校や仕事、社会活動に関わるようになっても、この『共同体感覚』を多くの人と共有できる、共有できているので、それぞれの立場で当事者意識が高く、その結果、幸福度も高くなるのではないか、と思うのです。
デンマーク人は、『共同体感覚』と似た意味合いの"Fællesskab(コミュニティ)"Solidaritet(連帯)"という言葉を好んで使いますし、ひいては、この『共同体感覚』的なニュアンスを民主主義の文脈で使うことも多いのではないかとも感じます。

そして、前野さんのご専門、幸福学の『幸せの4つの因子』はこちら。

  • やってみよう因子(自己実現と成長)

  • ありがとう因子(つながりと感謝)

  • なんとかなる因子(前向きと楽観)

  • ありのままに因子(独立と自分らしさ)

そして、この4つの因子も、やはりデンマークでは持っている人が多いと感じます。まあ、だから幸福度調査でデンマークは上位にくるのでしょうけれど。

そして、こうした『共同体感覚』やそれを構成する3つの要素、『幸せの4つの因子』を持てるためのベースになる事柄が、先にご紹介した、幸福研究所の示している8つの項目なのではないでしょうか。この基盤があるからこそ、この4つの因子を持ちやすい、持つことができる、のだと思うのです。だから、こうした8つの項目を常にアップデートした形で誰もが享受できる社会にしたい、そのためには何を学び、何を議論するべきか、という方向に向かいやすいのだと思います。

デンマークではどこからこの発想や感覚を得るに至ったのか?

しかしながら、そうなると不思議なのが、「デンマークでは、なぜこのように考えるようになったのか?」ということです。
この国では、禅仏教もそれほど知られているわけではありません。マインドフルネスという考え方は、他の欧米諸国と同じように大切にされるようになってきてはいますが、日常的に禅や仏教に触れる機会は、歴史的に見てもそう多くありません。

また、アドラー心理学も、日本ではとても良く知られていて、心理学を学んでいない人でも、様々な本などで知ることができるし、関心を持つ人は多いですが、実は、デンマークではほとんど知られていません。関連書籍もわずかですし、周りのデンマーク人に「アドラー心理学って知ってる?」と聞いても「?」という感じで、知っている人はほとんどいません。

それなのに、デンマークでは、なぜ禅仏教やアドラー心理学に近い考え方や実践をするようになったのか…?
これが、最近私が最大限に関心を持っている探求テーマになっています。

禅仏教は、約2,500年もの間、人々を支え続け、アドラー心理学は、100年ほど前に生まれた、心理学であり哲学でもあります。どちらも、人がよりよく「いまを生きる」ための真理を追求しているもののように思えます。

デンマークでは、キリスト教プロテスタントの福音ルーテル派が国教で、国民の7割以上が信仰し、宗教に基づいた祝日や行事も多いです。でも、毎週教会に通っている人は稀で、国教とおおらかに付き合っている感じもあります。

こうしたデンマークの人々の行動の基盤になる思想や実践のしかたを、どのように獲得していったのか。デンマークの識者や多様な人たちに話を聞きながら、少しずつでも解き明かしていきたいと思っています。




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