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出会い系

周囲が次々に結婚していくのをみて、少し不安になってきた。EPOが
「ひとりでいたって ふたりでいたって 幸福だったらそれでいい」
と歌ってはいたけれど、はたしていざ自分が年老いたときにそこまでの度胸でいられるのかだんだんと自信がなくなってきて、いわゆる出会い系アプリに登録してみた。

何人かのあきらかなサクラに引っかかって課金させられたのち、方針を変えて、趣味があいそうな人にしぼって探すことにした。自分が好きなものというと、ガールズポップと魚のボラしかない。ガールズポップで検索してみてもEPOのような人しかいなかったのでそちらはすっぱりとあきらめて、ボラが好きそうな人を検索してみることにした。

ボランティアのことをボラと略する人ばかりなことにいらいらしつつ、漢字の鯔や鰡も含めて検索していくと、なんと魚のボラが好きそうな人がひとりだけ検索で引っかかった。その人は、ボラの胸ビレのように綺麗な藍色をしたイヤリングをつけていて、アップしている写真を見ていくと、様々な水族館で泳いでいるボラの写真や、能登半島の穴水町の伝統的な漁法である『ボラ待ちやぐら』の画像があった。こんなにボラ好きな人がいるのかと驚きつつも、急いでメッセージを送ってみることにした。
 
「こんにちは、初めまして、ボラがお好きなんですね」
これで即レスがあるようではまたサクラだったのだろうけど、そんなことはなく、一般的な仕事終わりくらいの時間にようやく返事があった。
「はじめまして、ボラはまあまあ好きです」

そこからは全国各地の水族館でのボラ目撃情報や、先週また大洗のほうでボラが大量発生した話題などで盛り上がり、そのままとんとん拍子で話が進み、実際に会ってみることになった。

デートの待ち合わせ場所は大田区の立会川という、ボラが跳ねていたり、大量発生してはよく死んで浮かんでいることでお馴染みの場所になった。金曜日の仕事終わりに向かうと、気が急いていたのか、思いのほか早く着きすぎてしまった。しょうがないので暗い川を眺め、時々ボラらしき魚が跳ねるのを見て時間を潰していると、彼女から着信があった。

出てみるとイヤホンからの音声がおかしくて、なんだかごぼこぼというノイズだけしか聞こえない。海の中から電話をかけてきているようなその変な通話は、すぐに切れてしまった。こちらからかけ直してみると、今度はノイズもなく「今、駅につきました」とのことだった。

しかし、5分後にやってきた彼女は、雨にでも降られたかのように、全身が妙に濡れていた。しばらく雨など降っていないのにおかしなことで、髪からは少し水がしたたっている。急いで来たからそういうこともあるのだろうかとあまり深く考えないようにして、そこからは立会川を散歩しながらボラ情報の交換をしたり、歌川広重の魚づくしシリーズの『ぼらにうど』という版画を見てみたいから、機会があればそれを所蔵している岐阜県の美術館へ行きたいという話で盛り上がった。

初めてのデートとしてはなかなかの上出来だったのに、いざ解散しようという段になって、急に彼女が「家に行ってみたい」と言い出したから困ってしまった。我が家にはしばらく人が来ていないから、部屋は荒れてしまっている。しかし、趣味は合いそうだから家に来たいというのを断る理由もない。それにしてもずいぶん積極的だなとおもいつつも、家が近いこともあって、そのままいろいろとボラの話をしながら歩いていった。

家につくと少しだけ外で待ってもらって、あわてて部屋を片付けて、かんたんに掃除をした。なんとか片付いた部屋に入るなり彼女は水槽を見て、
「わあ、ボラを飼ってるんですね」と、目を輝かせた。

山口の熱帯魚屋で大型肉食魚の生き餌として売られていたボラの稚魚を取りよせて、部屋で飼い始めてから半年くらいは経っていた。汽水域の魚であるボラを徐々に淡水に慣らしていって、すっかり真水でも大丈夫になったところで、ボラたちはメダカよりも少し大きいくらいまでには成長していた。

その水槽のボラたちが、部屋に入ってきた彼女を見て、急に騒ぎはじめた。ボラはとても敏感な魚だから、普段とは違って、自分以外の人間が部屋に入ってきてびっくりしたのだろう。しかしそれにしてもすごい騒ぎようで、ボラが飛び出さないようにと、水槽に載せてあるアクリル板をも跳ね飛ばしてしまいそうな勢いで暴れている。

「こんなに暴れてるのを見るのは初めてですよ」
「何におびえてるんでしょうね」
心ここにあらずといった様子で、水槽のボラをうっとりとした表情で眺めている横顔を見て、その時はじめて、彼女がとても冷たい目をしていることに気がついた。

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