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語彙力の正体、あるいは「靴」を「お履物」と言い換えることについて

月に1〜2回ほど、小劇場に出向いて演劇公演の受付をしている。公演場所は雑居ビルの3階にあり、お客さんは入場するために靴を脱がなければならない。そこで、僕はいつも「靴を脱いでお上がりください」と一声かけて案内していた。

しかし、この声掛けが何だかどうもしっくり来ない。初対面のお客さんに対して「靴を脱いでお上がりください」と言うのが、ちょっとぶっきらぼうで敬意を欠いているように思えてきたのだ。

そんな折、友人たちと居酒屋へ飲みに出かけた。そこは個室があるお店で、席へ上がるためには靴を脱がなければならなかった。そこで、居酒屋の店員さんは次のように案内してくれた。

「お履物は靴箱にお入れください」

その瞬間、僕は劇場の受付で感じでいた違和感に気づいた。なるほど、「靴」を「お履物」と言い換えれば良かったんだ。そう気づいた時の感動を今でも忘れることができない。

実は「靴」という言葉がぶっきらぼうに聞こえる原因のようだなと気づいてはいて、たまに「お靴を脱いでお上がりください」と言ったりもしていた。しかし、なんだか「お靴」というのは幼児に向けて使う言葉のように聞こえてしまい、「何か違うな」と思っていた。

そこへやって来た救世主が「お履物」である。僕は早速次の公演から、「お履物を脱いでお上がりください」と案内するようになった。

その言葉は咄嗟に使えるか?

もちろん、それまでも「お履物」という言葉自体は知っていた。知っていたからこそ、「お履物はこちらにお入れください」という居酒屋の店員さんの言葉に感動できたわけだ。

ところが、知っているからといって咄嗟に使えるわけではない。そういう言葉に耳馴染みがあり、そして自分でも日常的に使っていないと、案内する際にすぐ出てくるわけではない。僕は、こういう「靴」を「お履物」と言い換えられる力のことを「語彙力」と呼んでいる。

文章を書くことを仕事にしている人、あるいは趣味で文章を書いている人にとって、「語彙力」というのは非常に重要なスキルの一つであると思う。ところが、いざ「語彙力」を高めようと意気込むと、何だかやたらと難しい言葉を習得しようとする人がいる。僕のことである。10年ほど前に小説を書いていた頃、僕は辞書をパラパラとめくって見たことも聞いたこともないような単語を見つけては、それをノートにメモし、脈絡もなく作品の中でその単語を使いまっくっていた。当時は家族共用のPCで書いていたはずなので、もしかすると実家のもう誰も使っていないPC内にファイルにその原稿が残っているかもしれないが、できれば誰の目にも触れないまま処分されてほしいと願っている。

僕は愚かにも小説を数作書いて気づいたのだが、やたらと難しい語彙を習得しても、小説やその他の文章を書く上で全く役に立たない。なぜなら、難しい言葉は読み手も知らない可能性が高いからだ。文章というのは、基本的に自分の持っている情報や思いを読み手に伝えるために書くので、難しい言葉ばかり使っていても、相手に伝えたいことが伝わらず意味が無い。

では、どのように「語彙力」を育てていけば良いのか。僕は、「聞いたことのある言葉を自分でも使えるようにする」というのが肝要だと思う。たとえば、受付を始めたばかりの僕は「お履物」という言葉を自分で使うことができなかった。「お履物」という言葉自体は聞いたことがあったけど、それを咄嗟に言うことが出来なかった。しかし、今の僕にはそれが出来る。……といった経験を積んで徐々に使える言葉の幅を広げていくことが、語彙力を育てるということなのではなかろうか。

文章を書いていると、「意味はこれで伝わるような気がするんだけど、なんか不細工な文章になっているんだよな……」という局面にたびたび直面する。自分では如何ともしがたくて困ってしまい、他の人に意見を聞いたりすると、「こう直したら良いんじゃないですか?」と指摘されて、「その手があったか!」と膝を打つことがある。指摘をもらった後は、「どうして自分で気づけなかったんだろう……」と悔しい思いをすることもあるが、分かってはいても咄嗟にその言葉を使うことができないのが「語彙力が足りない」状態なのだと思う。

語彙力を育てるためにはどうしたら良いのか

語彙力が欲しい。最強の語彙力人間になりたい。僕はいつもそう思っていますが、皆さんはいかがでしょうか?

文章を書くにあたって、語彙力を育てるために効果があったと思うものを以下にいくつか書いていこうと思う。

他の人に自分の書いた文章を読んでもらう

自分で書いた文章の違和感に自分自身で気づくことはなかなか難しい。そういう時は、自分以外の人間に文章を読んでもらうのが良い。

ライターや編集者の方に文章を読んでもらう機会があれば、「どうやって書き直すと良いですかね?」と聞いてみよう。おそらく、何かしらの熟れた表現を教えてくれるはず。もちろん、赤入れしてくれた表現がイマイチな場合もあると思うが、それはそれで他山の石として今後に役立てると良いだろう。

「語彙力」というのは、その「ある/なし」で絶対的な上下関係があるものでは無い。たとえば、語彙力レベル80の人は語彙力レベル50の人が知らない語彙の使いこなしかたを全て知っている、という単純な構造になっているのでは無いということだ。レベル100の人が咄嗟に使えなかった言い回しを、レベル1の人が咄嗟に使えることだってある。

だから、レベル100の人だってレベル1の人に文章を読んでもらう価値はある。自分の知らない熟れた表現を探すべく、書いた文章はどんどん他の人に読んでもらおう。そしてフィードバックを貰おう。

他の人が書いた文章を読む

ある表現を使いこなせるようになるためには、まずはその表現を目にするしかない。また、何度も同じような表現を読むことで体験が強化され、いざ自分で文章を書く時に咄嗟に出てきやすくなるだろう。というわけで、他の人が書いた文章を読むのが非常に良いと僕は思う。

Twitterやブログを読むのも良いが、語彙力を鍛えるという意味では、出版社から出されている本を読むのが一番良いと思う。出版に至るまでに編集者や校正者の目が入っているため、表現が熟れている場合も多い。僕も本を読む時は「なるほど〜! そう書けば良いのか〜〜〜!!!」と感心しながら呼んでいることが多い(ごくまれに、「こう書いたほうが良くね……?と思うこともある)。

しかし、拙い文章を読む中で「自分だったらこう書くんだけどな〜」という経験を積むことも語彙力の向上につながると思う。「何かここ違うと思うんだけど、どう言い換えたら良いんだ……?」と脳みそに汗をかいて考える。

上手い人の文章を読むのは教科書を読んでいるようなもので、他の人の書いた文章に赤入れをするのは練習問題を解いているようなものだ、と言えるかもしれない。そういう意味では、玉石混交で色々な文章を読んだ方が良い。

資料を参照する

(※「資料を参照する」という見出しがあまり気に入っていません。他にぴったりの言葉などあれば教えてください)

自分の文章を人に読んでもらうチャンスというのもあまり無いため、一人でガンガン書き進める時には、様々な資料に当たると良いだろう。

一番よく使うのはGoogle検索。良い言い回しが思いつかない時に、よく「〇〇 類語」などで検索する。すると、「あ〜、そんな言葉もあったね〜〜〜!」という感じで、ぴったりの言葉を見つけられたりする。

個人的には「てにをは辞典」を使うことも多い。これはコロケーション辞典を言われるもので、ある単語と結びつきの強い別の単語を調べられる。暇な時にぼーっと眺めるのもおすすめ。

もっとダイレクトに類語表現を探したいという場合は、「てにをは連想表現辞典」が良い。

知らない言葉は調べる

語彙力というのは基本的に「知ってはいるけど咄嗟に使えない言葉を使えるようにする力」だと思っているけど、もちろんこの世には自分が知らない言葉がたくさんある。そして自分が知らない言葉を他の人は使っているというのであれば、それはちゃんと習得しておいた方が良い。だから、辞書やGoogle検索などで意味を調べてみよう。

一度意味を調べただけでは、その言葉の意味するところがよく分からいかもしれない。辞書は紙幅に限りがあるし、Google検索でヒットした情報を全て読むことなどできやしない。しかし、何度もその言葉と出会うことで、その言葉がどういう文脈で使われてどういう意味を持っているのかということが、だんだんと直感的に分かってくるようになると思う。

高校生の頃、英語の先生に「単語は単語として覚えるだけでは意味が無い。英文をたくさん読んで生きた表現に触れた方が良い」と言われ続けていた。当時は何を意味の分からないことをと思っていたが、今では言っていたことの半分くらいが分かるような気がする。英単語が分からなければ文章は読めないので、まずは英単語をひたすら覚えるべきだと思うが、英語を英語として読み、そして書くためには、英文をたくさん読む必要があると思う。それと同じように、日本語を日本語として読み、そして書くためには、日本語で書かれた文章をたくさん読む必要がある。

だから、一度調べた単語の意味を忘れてしまっていても落ち込む必要は無い。この先の人生で何度も出会えば、きっと嫌でも覚える。もし覚えなかったのであれば、自分の生きる世界でその単語の使用頻度が低いだけで、別に覚える必要が無かったというだけのことなのだろう。



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