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本の中の優生学

今回は,これまで読んだ本の中から「優生学」というキーワードでいくつかの一説を抜き出してみたいと思います。

知能検査と優生学

心理学の歴史のなかで,優生学と切っても切れない関係にあるのが知能検査です。

 ビネーのテストが出現したころすでに,優生学の考えと結びついた遺伝性の力への無批判な信仰が広くゆきわたっていた。1907年,インディアナ州では優性断種法が州議会を通過した。その後,アメリカの30以上の州がインディアナ州のあとにつづいた。この法律はとりわけ,犯罪者,白痴,痴漢,てんかん,強姦者,狂人,酒飲み,麻薬中毒患者,梅毒患者,非道徳的・性的倒錯者,それに病人,変質者などに対して,強制的に断種手術を行うという法律であった。この法令は,これら犯罪者,不適格者たちのさまざまな欠陥は遺伝因子を通じて子孫に伝えられるのだということを,法的な事実として認めたものである。優生学論者のまったく非科学的な幻想は,社会にとっての不適格者たちを,断種することによって,社会にとって望ましくない特性を人びとから除去できるという単純な考えをいっそう助長するものであった。幸いにもこの断種法は頻繁に実施されることはなかったが,実施されたとき,その対象となったのは貧困者たちだった。
 大部分の優生学者は,とりわけ俗に言うIQテストによって示されるような心的機能の遺伝に,多大の関心を向けるようになった。優生主義の一般の支持者たちは,犯罪やアルコール依存症のような形質の遺伝について議論を繰り広げたが,科学者たちは,一見知能が客観的に測れそうな道具をもっていたので,もっぱらIQテストの成績に注目した。1930年ごろまで用いられていたIQテストはかなり粗雑で,結果から何かが言えるようなしろものではなかった。ある民族集団が全般的にIQテストでは成績が悪いという,政治的意図を含んだ主張は,最初,さまざまな外国人排斥運動を正当化するために使われた。

あたりまえの思想だった

今から100年前,多くの研究者たちが優生学を支持したり,異議を唱えることなく消極的に支持したりしていました。決して突飛な思想だったのではなく,あたりまえの思想だとして受け入れられていたのです。

 第二次世界大戦まで,英国や米国では有名な生物学者や社会科学者の大多数が,優生学を支援したり,積極的に支援しないまでも,異議を唱えることなく優生学の隆盛を黙認していた。1941年といえば,すでにドイツではナチス政府が優生学の教えにもとづいて障害者・精神病者・異民族の絶滅政策を本格的に実施していた時期である。ところがこの年に,近未来の遺伝管理者会の危険性を警告した『素晴らしき新世界』(1932年)を著した作家オルダス・ハックスレーの兄で,英国の有名な生物学者であるジュリアン・ハックスレーが,「優生学の死活的重要性」と題する論文を,一般向けの評論雑誌に発表しているのである。

ナチス・ドイツ

優生学と言えばナチス・ドイツのことを想像するかもしれません。確かに,ナチスは優生学にもとづいた政策を推進していきましたが,それはナチスだけではありませんでした。同じような政策は,世界中で行われていたのです。

 当初の優生学は人間という種の歴史的な研究が主なテーマだったが,次第に社会的弱者を迫害する思想にエスカレートしていく。「弱いものは滅びるのが自然の掟」と解釈されるようになっていったのである。そして,世界中で精神障害者,てんかん患者,知的障害者などへの産児制限,断種などが検討され始めたのだ。
 たとえば世界で初めて断種法を制定したのは,アメリカである。1907年インディアナ州で制定されたのをかわきりに,1923年までに全米32州で制定されている。このときの断種法は,ほとんどが精神病患者を対象にしたものだったが,カリフォルニア州などの一部の州では梅毒患者や性犯罪者も対象にしていたという。
 「明らかな社会不適合者に子供を作らせないことは,社会にとって善である」
 1927年,アメリカの連邦最高裁はそういう判断を下した。また1921年に制定された移民制限の法律も,優生学に基づいたものだった。「白人の純血を守るため」というのがその理由である。
 日本でも1931年に「らい予防法」が制定され,ハンセン病患者を収容所に隔離して断種手術や胎児の殺害などを行なってきた(1943年にハンセン病の薬が開発されたにも関わらず,この法律は1996年になるまで廃止されなかった。半世紀以上ハンセン病患者は隔離され続けてきたのである)。また戦後の昭和23年には,優生保護法が作られ,精神薄弱,精神病者などを対象とした妊娠中絶や断種手術が行なわれてきた。
 以上のように断種法は,決してナチスの専売特許ではなかった。ただ1つ言えることは,ナチスの場合,その実行が徹底していたのである。

さて,なかなか長くなりそうですので今回はここまで。また機会があれば引き続き,本の中に書かれた優生学について見ていくことにしましょう。

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