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どうしてそれができないの?

何でもネットを検索すれば情報が手に入る(と多くの人が思っている)現代に生きる私たちには,「わかっていない」という状態がどういうことなのかを,なかなか理解することができない,ということがあります。

この本『科学の発見』を読むと,私たち人類がどういう紆余曲折を経て今の世界を作ってきたのか,そして科学がある程度発展した今の世の中に生きることの幸福を感じることができます(もしかしたら,いやきっと,将来の方がもっと幸福かもしれませんが)。

体液

古代ギリシャ時代には,四つの体液のバランスが崩れると病気になるという話が考え出されました。その体液というのは,血液,黄胆汁,黒胆汁,粘液です。血液や胆汁はわかるとしても,黄色とか黒とか,粘液も何のことを指すのかよくわかりません。そして,それぞれの体液に気質が結びつけられて,血液が多いと明るくて元気,黄胆汁が多いと怒りっぽく,黒胆汁が多いと落ち込みがちで,粘液が多いと沈着冷静な人になると信じられていました。

そしてこの四体液説は,18世紀や19世紀になるまでずっと医療行為の基本となっていました。本当に,つい最近のことです。

体液のバランスを整えるためによく行われた医療行為が,瀉血に浣腸に嘔吐治療です。瀉血というのは血を抜くことです。血を吸わせるためにヒルが使われたこともありますし,小刀のような器具で腕に傷をつけて血を抜くことも行われていました。

ちなみに,現在一流の医学雑誌のひとつに「ランセット(The Lancet)」があります。このランセットというのは,瀉血治療に使うメスのことでした。

これらの治療法は,体からバランスを整えるために目的となる体液を抜くものです。今でも「デトックス」という呼び方で,この名残りがあるのではないでしょうか。体から悪いものを出すと,病気が治ったり体調が良くなるという考え方です。

そして,知っている人もいるかと思いますが,アメリカ合衆国初代大統領のジョージ・ワシントンは,瀉血治療による失血が直接の死因だとも言われています。病気で伏せっているところに次々と医者が来て,何度も瀉血していったとか。

どうして最近まで

こういう話を聞くと,「どうしてつい最近までこんな非科学的なことになっていたのか」と疑問に思ってしまいます。天文学や物理学や数学であれば,もう少し早い時代にまだ随分とマシな状態になっているのに,医療行為はどうしてこんな状態だったか,です。

それは医療行為だけではありません。心理学でも同じです。四つの体液に基づく気質の類型は20世紀に入っても当たり前のように論文に書かれていますし,そこから別の研究へと発展していったことも少なくありません。

長く続いた理由

先ほど紹介した『科学の発見』の中には,次のように書かれています。

医学の理論と実践が実証科学によって訂正されることなくこれほど長い間続いたのはなぜだろう。それはもちろん,生物学の進歩の方が天文学の進歩よりも困難だからである。(p. 70)

たとえ観察される現象であっても,観察が限定されていればその背後にあるメカニズムの説明は一気に困難になります。たとえば天文学でも,ずっと太陽や月や星の動きは正確に観察していたのに,いつまでたっても地球が中心で他の天体が動いていたというメカニズムの想定から脱することができなかったことによく似ています。

人間の身体や心の動きのように,予想外の要因や偶然の動きや多くの要因が絡み合って何かの結果が出るような現象になると,さらにその困難さは増します。考えるべき要因が多く,要因の見落としも数多く起きるからです。

そして,研究者が統計学やコンピュータという研究をする上で役にたつ,複雑な現象を理解するのに欠かせないツールを手に入れたのも,つい最近のことなのです。

そういう意味で,長い歴史をざっと眺めてみれば,まだこの流れは始まったばかりだとも言えるのかもしれません。

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