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2019年に読んだ本のまとめ5

今回も,2019年に読んだ本のまとめです。今回は,人間の「歪み」について書かれた本を何冊か。「痴漢」に「悪」に,そして「偏見や差別」です。どのテーマも,私たちの生活の一面であり,切り離すことはできません。

痴漢になる理由

最初の本は,『男が痴漢になる理由』です。性別がどうあれ,ぜひ一度は読んでおくべき本だと思いました。

この本の中に「痴漢神話」という言葉が出てきます。「痴漢の被害に遭う女性というのはこういうものである」という先入観のことです。たとえば,「あの女性は派手な服装だったから痴漢に遭ったのだ」といった考え方のことです。

 つまり社会全体に痴漢とまったく同じ認知の歪みが蔓延しているのです。それが表面化したものを、’私たちは“痴漢神話”と呼んでいます。なんの根拠もないまま社会に許容されている女性観のことで,同様に“強姦神話”も存在します。痴漢自身が抱える認知の歪みと社会に流布する痴漢神話とは,お互いに補完しあう関係にあります。(p.100)

ちなみにこの痴漢神話については,研究もあります。「女性の服装は痴漢被害の原因になるか」というタイトルの論文です。この論文の中でも,痴漢被害経験のない男性は,ミニスカートを含めて女性の服装が痴漢被害の原因になると認知する傾向にあることが示されています。

また,痴漢の話題になると必ずといっていいほど出てくるのが,痴漢冤罪の話です。このことについても,本の中では触れられています。

「人を殺してはいけないよね」といった人に対して,「でも殺人も冤罪事件があるからさ」という人はいないでしょう。「強盗っていうのはひどい犯罪ですよ」に対して「強盗には冤罪がありますから」という人もいません。しかし「痴漢をなくそう」というと「それよりも冤罪が」となるのはいったいなぜでしょう。これは痴漢のみならず性犯罪全般に対していえます。強盗事件や強制わいせつ事件についても,決まってハニートラップが疑われます。(p.271)

どうしてだと思いますか?

では,次の文章を読んでみてはどうでしょうか。

 「痴漢をしたい」という願望というよりは,許されるなら「女性の身体に接触したい」といった願望です。第7章では加害経験者の息子に父が「触りたい気持ちはあるけれど,やっちゃいかんだろう」と説教するエピソードを紹介しました。これ自体は痴漢の動機を性欲に限定していることになるので誤解に満ちた発言ですが,たしかに「ムラムラしたから痴漢」は社会通念として定着しています。実際に電車内で好みの女性を見つけて「すてきだな」「触ってみたい」と思ったことがあれば,その延長線上に痴漢行為があり,「自分もやってしまうのではないか」という当事者性を自分のなかに見出すでしょう。それは,男性にとっては恐怖でしかありません。これも男性が痴漢問題から目をそむけつづける大きな原因でしょう。(p.273)

男性にとって,気持ちの延長線上に行為があり,その連続性が暗黙の恐怖を生じさせます。そして,その防衛のためにあれこれと理屈をつけてしまうのではないかというプロセスは,わかるような気がするのですがどうでしょうか。

悪について知る

実は,人間の暗黒面について研究するというのは,この十数年の心理学における流行のテーマのひとつなのです。このテーマについてよくまとまっていて,読みやすく面白い本が,『悪について誰もが知るべき10の事実』です。

どうして私たちは,簡単に他人をあざけり,差別し,暴力行為を行ってしまうのでしょうか。ダークトライアドやサディズムの研究,殺人願望の研究,不気味さや排除の研究,性的逸脱の研究,集団による意見の極端化,倫理的な思考……などなど,こういう研究がこの十数年,心理学でも盛んに行われてきています。

研究全体をざっと見渡して,ここからそれぞれの研究について調べていくと良いのではないでしょうか。

偏見や差別

そして,日本人心理学者たちが偏見や差別の研究についてまとめた本がこちらです(『偏見や差別はなぜ起こる?—心理メカニズムの解明と現象の分析』)。

まず偏見や差別について心理学でどのような研究が行われているのかがまとめられ,その後で民族や移民や障害,ジェンダー,原発や高齢者など,個別の問題へと切り込んでいきます。とても意欲的な本で,どうしたら問題を解消できるのかというところまで切り込んでいこうという気持ちが伝わってくる印象を抱きました。

心理学の研究ベースの一般向けの本は翻訳書が多いのですが,日本の研究者たちの気合いも感じられる,素晴らしい本だと思いました。

この本,社会心理学研究に書評も掲載されています。こちらもどうぞ(「北村英哉・唐沢 穣(編)『偏見や差別はなぜ起こる? 心理メカニズムの解明と現象の分析』(2018年,ちとせプレス)」)。

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