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100年前に軍事に応用された心理学

今回は,1919年に「心理研究」という雑誌に掲載された論文(記事),『軍事に應用された米國の心理學』を紹介したいと思います。この記事では,第一次世界大戦の当時,アメリカ合衆国でどのように心理学が軍事に応用されていったのかが説明されています。

発端

1917年4月,国立調査会の中に心理学委員会が設立されました。これは,軍事上に心理学に関する問題が生じたということで,アメリカ心理学会の評議員会に諮り,心理学を戦争に応用する案を考えるためだったそうです。当時の錚々たる心理学者たちが,名を連ねています。

13委員会

アメリカ心理学会の評議員会は,様々な観点から心理学と戦争との関係を検討するために,13の委員会を立ち上げます。それぞれの委員会は互いに独立して,内容を検討したとのことです。

  1. 軍事と関係する心理学の文献を収集・調査する委員会

  2. 募集・徴兵された兵士たちの心理学的検査に関する委員会

  3. 航空に関する心理学の委員会

  4. 特殊な能力を必要とする任務に向いた人びとを選定する委員会

  5. 陸海空における休養に関する委員会

  6. 軍事に必要な視覚上の問題に関する委員会

  7. 教練や訓練の教育および心理学に関する委員会

  8. 「不能力者」の心理学的問題(再教育や負傷者の問題)に関する委員会

  9. 感情の安定,恐怖や自律の問題に関する委員会

  10. ドイツ系住民に戦争気分を宣伝することに関する委員会

  11. 軍事上重要な聴覚に関する委員会

  12. 虚偽検査に関する委員会

  13. 軍隊教育に心理学を応用することに関する委員会

よく知られているのは,2.の「心理学的検査」つまり陸軍式知能検査の開発だと思うのですが,それだけではなく多岐にわたる問題が検討されていたことがわかります。

個々の研究者が取り組んだ問題

委員会の中だけでなく,個々の研究者たちも多くの戦争に関連する問題に取り組んでいたようです。ざっと見てみましょう。

  1. 斥候及び哨兵の選定や訓練に関する研究

  2. 毒ガスマスクの心理的問題に関する研究

  3. 学生練兵団に知能検査を実施するように働きかけた事例

  4. 教育,訓練方法,特殊任務に適した人物の選定に関する研究

ソーンダイクやヤーキース,知能検査の研究で知られるゴダード,ワトソン(アルバート坊やの実験や行動主義宣言のワトソン),ワトソンの師匠であるエンジェルなど,錚々たるメンバーがさまざまな研究を行っていたようです。

1918年になるとアメリカ軍務省はこの委員会の成果を認め,軍医局内に新しく心理学部を設けました。また,心理学の実験者を養成するために軍事心理学の学校を設立し,ここに約100人の士官と300人の志願兵を収容して,2か月間の訓練を施し,道具をつくり,とにかく2,3か月の間に,軍全体で検査を行う体制を整えていったと書かれています。

精神検査

やはり,もっとも大きな成果は,精神検査(知能検査)を大々的に実施したことのようです。

◎35箇所の軍隊練習地で実施された。
◎1919年1月までに172万6千人に対して実施された。
◎そのうち4万1千人は将校であった。
◎7749人は「精神劣等」のため除隊させるべきと判断された。

非常に大規模に検査が実施されたことがわかりますね。

精神年齢

検査の結果を専心年齢から分類した報告も記載されています。

◎7歳以下:4744人
◎7〜8歳:7762人
◎8〜9歳:145,616人
◎10〜11歳:18,581人

これらが全体の約3パーセントで,精神年齢10歳以下というのは問題視されていた様子がうかがえます。

検査の評判

この検査がどうして評判となったのかについても,記事のなかに書かれていました。

この検査は「精神能力に応じて人を分類し,責任ある地位に適当な人を選定するのにも役立ったので,非常なる評判と価値とを認められ」(p.226, 意訳してあります)と示されています。この評判のよさから心理学部班とよばれるグループがつくられ,毎日千人から二千人の検査を行ったそうです。

検査の効果

軍隊に精神検査(知能検査)を適用したという点で,2つの重要な進展があったことが書かれています。

第1に,知能検査の方法を大きく発展させた点です。一度に500人もの相手を対象に検査を行うことができる,集団式の知能検査を発展させたという点は,大きな研究の発展でした。それまでは1対1で行うのが知能検査というものでしたので。

第2に,検査が軍隊に応用可能であることを示し,実際に効果があることを実証した点です。このことで,教育や職業場面においても知能検査が注目され,広く普及していくことにつながったのです。

それによって何が起きたのか,についてはその後の歴史となっていきます。知能検査は広く応用されただけに,スクリーニングや検査として役立つ一方で差別の根拠や,拡大解釈によって本来とは異なる使用方法にも使われるようになっていきました。

精神工学

記事のなかでは「精神工学」という言葉が出てきます。これは,心理学をさまざまな現場で応用して適用していく学問という意味で使われているようです。心理学を軍隊に応用していくというのも,まさにこの「精神工学」といえるのかもしれません。

ちなみにこちらの記事では,フリッツ・ギーゼによる精神工学(ドイツ語でpsychotechnik)に関する本が紹介されています。

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