万葉短編集その①ー騎士と夕暮れー

真っ赤に燃えた太陽が楼閣を照らす頃、親友のオルレアンと共に城壁の上から地平線を眺めたものだ。
灰色の大地と茜色の空が絵の具のように混ざり合う。
そのキャンパスに無数の点が現れた。
目を凝らしてみる。
するとそれらが盛んに動いていることに気がついた。
大きな鳥だ。
遠くにいるので実際にはどれくらいの大きさかわからない。
しかし遠く離れた地平線周辺でもはっきりと羽ばたきが見えるのだから、かなりの大きさなのだろう。

「姫さまを拐ったのがあの騎士長だなんて信じられるか、アルトリウス」

オルレアンは私の方に向き直り、深いシワを寄せながら言った。
黄金の甲冑。
白銀の直剣。
胸の徽章で示される彼の階級は兵士長。
我が国を裏切った件の騎士長の直属の部下であった。
オルレアンは騎士長のことを実の兄のように慕っていた。
私は彼の過去をよく知っているわけではない。
彼が子どもの頃は孤児であったこと、そして騎士長に拾われたこと。
知っているのはそれだけだ。

以前は悲惨な生活を送っていたのだろう。
戦場で朽ち果てた死体から金になる鎧や武器を拾ってくる。
付着した血や錆を川で洗う。
そして綺麗になった装備を闇市で売る。
孤児たちはそうして生計を立てていたらしい。

簡単な仕事ではない。
洗っている最中でさえ、川には騎士の亡骸がどんどんと流れてくる。
あっちの方がより高く売れるかも知れない、と手を出すのは初心者だ。
川を流れる死体は決して止めてはならない。
子どもの身体で大人の死体を、しかも川の流れの中で引き上げることは困難なのだ。

危険はそれだけではない。
誰かの足音、特に馬のヒヅメの音がしたら洗っていたものを全て放ってでも直ちに逃げなければならなかった。
残党狩りである。
戦場で生き残った敵国の兵にとどめを刺す為や、拾われていない大将首を拾うために下級の騎士たちが練り歩いていた。
残党狩りとは名ばかりで、亡骸から装備を取っている乞食相手にも容赦はなかった。

「盗人は人に非ず。見つけ次第切り捨てよ」

そういった命令もあった。
しかし実際は戦場で人を斬れなかった下級騎士が鬱憤を晴らすために行っていた。
騎士同士での闘いでは自分も命を取られる可能性があったが、無抵抗な子ども相手ならば存分に剣を振ることができたわけだ。
戦争に参加した若い騎士たちなら誰しも経験があることだった。

「オルレアン。君の心中は察するよ。しかし騎士長が姫さまを拐ったことは事実だ」

ため息をついてから言った。

「分かっているさ。…でも一体何故」

オルレアンは城壁から投げ出した足を引っ込めると、すっと立ち上がる。
手には立ち上がる際に拾った小石があった。
それを思い切り地平線に向かって投げる。
小石は弧を描いて落下していった。

「おー。よく飛ぶな」

「俺が魔法使いだったら、あの小石を大きな鳥に変身させて姫さまを救出するんだけどな」

落下する小石を最後まで眺めながらオルレアンが呟いていた。
その様子を見て思わず吹き出す。
何がおかしい、と怪訝な表情を浮かべる親友。
悪い悪い、と肩を叩いた。

「急に詩人みたいなことを言うものだから!」

「俺だって叙情的にものを言いたくなることもあるさ」

私も真似して小石を拾ってみた。
大きく振りかぶって、遠く目掛け思い切り投げる。
私が投げた石は見事な放物線を描いた。
そして彼が投げた石よりも遠くに飛んだ。

「ほうら、肩の力を抜くとより良い結果が出るものだぞ。姫さまの件は、光の四戦士に任せておけばいいのさ。きっと解決してくれる」

その瞬間である。 
オルレアンは腰元から一気に直剣を引き抜いた。
優雅に残像が弧を描き、落日に照らされた白銀の刃が怪しく煌めいた。
斬られるのではないかと内心ヒヤッとした。
だが刃は宙に待っていた羽虫を真っ二つにしたものの、私の方に向くことはなかった。

「光の四戦士…だと?いきなり現れたどこの馬の骨とも知らん奴が騎士長に敵うものか」

慌てて私は彼を諭した。
落ち着けと、肩を組み額を合わせる。
彼の身体は小刻みに震えていた。 
怒り、焦り、戸惑い。
感情が手にとるようにわかる。

オルレアンはふーふーと鼻息を荒くした。
そして剣の切っ先を天に向けて空を仰いだ。

「俺にもっと力があれば…」

「いいや、強いだけが闘いではないさ。きっと王さまは彼らに何か特別な力を感じたのさ。姫さまを救うために必要な力だ。お前の求めているものとは違うものだよ、オルレアン」

「特別な力…?」

オルレアンはピクリとした。

「ああ、そうだ。俺やお前では持っていない、運命を変えてしまうような大きな力だ」

やっとのこと、オルレアンは剣を鞘に収めた。 
金色の髪が風になびいている。
その横顔は納得などしておらず、より一層憤怒の表情を浮かべていた。

やれやれ。
今夜は私の奢りになりそうだな。
私はもう一度彼の肩を叩くと、「戻るぞ」とだけ言って、城内に続く扉を開いた。
私の後ろ姿をどんな顔でオルレアンは見ていたのか、想像するのは難しくなかった。

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