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不可入性(2012年11月6日)

自分の感情に自分で作用される奴は
なんとまあ 伽藍なんだ
欲しくても
取つてはならぬ氣もあります
好きと嫌ひで生きてゐる女には
一番明白なものが一番漠然たるものでした
空想は植物性です
女は空想なんです
女の一生は空想と現実との間隙かんげきの弁解で一杯です
取れといふ時は植物的な萎縮をし
取らなくても好いといへば煩悶し
取るなといへば鬪牛師の夫を夢みます
それから次の日の夕方に何といひました
「あなたはあたしを理解してれないからいや ……」
それから男の返事は如何どうでした
かく俺には何にも分らないよ――もつとお前盲目になつて呉れ ……」
「盲目になつて如何するの」
「お前は立場の立場を気付き過ぎる」
「あゝでもあなたこそ理窟をやめて、盲目におなんなさい」
「俺等の話は毎日同しことだ」
「もう変りますまいよ」
「そして出来あがつた話が何時までも消えずに、今後の生活を束縛するだらうよ。殊に女には今日の表現が明日の存在になるんだ。そしてヒステリーは現実よりも表現を名称を吟味したがるんだ。兎に角おまへを反省させた俺が悪かつた」
「だつてあなたにはあたしが反省するやうな話をしかけずにはゐられなかつたんです」
「默つてればよかつた」
「やつぱり何時かは別れることを日に日により意識しながら、もうそのあとは時間に賴むばかりです」
「恋の世界で人間は
みんな
みんな
無縁の衆生となる」
無縁の衆生も時間には運ばれる
音楽にでも泣きつき給へ
音楽は空間の世界だけのものだと僕は信じます
恋はその実音楽なんです
けれども時間を着けた音楽でした
これでも意志を叫ぶ奴がありますか!
だつて君そこに浮気があります
浮気は悲しい音楽をヒヨツと
忘れさせること度々です
空 空 空
やつぱり壁は土で造つたものでした。

角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」
Leitz Summarit f=5cm 1:1.5, FUJIFILM X-Pro1
Leitz Summarit f=5cm 1:1.5, FUJIFILM X-Pro1
Leitz Summarit f=5cm 1:1.5, FUJIFILM X-Pro1

自分
感情
欲しい
好き
嫌い
明白
漠然
空想
現実
弁解
植物性
女の一生
取る
取るな
闘牛師


盲目
理窟
束縛
反省
別れる
ヒステリー
無縁の衆生
時間
音楽
空間
意志
浮気


17であった早熟の詩人が行き当たった「壁」というのは「心と生(性)」そのものであったか。

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