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7月7日

「もしもし」
もしもし
「はい」

少し声が掠れて聞こえた。
気のせいかもしれない。

ええと
「はい」

僕らはケンカをしていた。
少なくとも僕はそう思っていた。
いつもなら僕が謝っておしまいなのだが ( これは緊急避難ではなく、大方の場合において僕が悪かった )、今回のは謝って終わる話ではなさそうだった。
僕はケンカの切っ掛けを思い出して、この諍いがここまで大事になるという事が理解できないでいた。

こんなのってない。

僕が感じた不条理感は、時間が経つにつれてグロテスクさを増していた。

謝って済むという事ではないんだよね
「あなたが謝る事ではないのよ」
うん
「寧ろ、今回は私自身の問題」
うん
「出来ればね」
うん
「しばらく放っといて欲しいの」
そうなんだね
「そう」

僕は取り付く島もない事を再度確認した。

もうだめかな。

そんな事を思った。

電話をかけている駅の構内はごった返していた。
楽しげな音楽や笑い声は、今は恨めしい。

「ね」
うん
「ずいぶん賑やかだけど、どこにいるの?」
菊名
「え?」
菊名だよ
「なかなか面白い所にいるじゃない」
うん

菊名は東横線と横浜線の駅名だが、彼女のアパートから程近い場所だ。

「どうしてそこにいるの?」
会いたいと思っているから
「そう」

「わたしね」
うん
「このまま別れてもいいと思っていたのよ」
うん
「でも」
うん
「たった今、気が変わったわ」

彼女は電話の向こうで少し笑った。

「サンジェルマンにいて」

朝から降っていた雨は止んだようだ。
外を歩く人たちは傘を畳んでいる。
ややあって彼女は現れた。

口紅だけで他に化粧っ気はない。
髪を後ろで1つにまとめているだけだ。
ネイヴィーブルーのポロシャツに色の褪せたジーンズ、そしてスウェードのサンダル。
彼女は僕を見つけると、いつものように胸の前で小さく手を振った。

( 暑いね )

彼女はそう言うとカウンターで買ったアイスコーヒーをごくりと飲んだ。

あのさ
「うん?」
どうして気が変わった?
「だめ?」
いや
「聞きたい?」
うん

「あなたが健気なのと」
「今日が7月7日だから」

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