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北陸にて

承前

「大学卒業して何になるの?」
まだ決めてない
「そっか」

ひとしきり花火を楽しみ、嘘のように静まり返った浜で僕らは三人並んで缶ビールを飲んでいた。
左手には発電所の灯りが煌々と輝いていて、それらが波に反射して煌く様は都会のネオンのようでもあり、星がさんざめく夜空のようでもあった。

彼女はトモミという名前で、スナックを経営しているママさんの娘で、短大を卒業した後で町に戻ってきたということだった。
過去を話す彼女の口ぶりが何となく重いのに気がついた。
年頃の娘が都会から田舎に戻ってくる。それ相当の理由があったのだろう。

「え?何で戻ってきたの?」

友人はとても良い男なのだが、時々全く空気が読めない発言を悪気なくする人物だ。
あっけらかんとしたその質問は、その後に来た重苦しい沈黙に吸い込まれていった。
僕は取り繕う話題を見つけるのに四苦八苦していたし、彼女は回答に窮していた。

「わかった!」

相変わらず唯我独尊 ( マイペイス ) なヤツの独壇場が続いた。

「オトコに騙されたな!?」
「あはは」
「あたり!?」
「うーん。正解じゃないけど外れでもないかな」
「何じゃ、そりゃ」

僕は彼女が怒り出すんじゃないか、と冷や冷やしていた。
しかし、そこは彼女がじゅうぶんに大人であって、降って涌いたような異邦人の来襲にそつなく対応してくれた。
彼はスナックまで彼女を送り届け、僕らは宿へ戻った。

お前は何でそんなに空気を読まない
「ん?」
トモミちゃんが田舎に戻ってきた理由なんか、俺らには何の関係もないじゃないか
「ないな」
じゃ、何であんな聞き方をする
「あのな」
うん
「結局は彼女の問題だ、というなら」
うん
「俺がどんな質問をしようが、それは彼女とは全く関係のない意思によるものだ」
うん
「それが彼女を傷つけたり、あるいは怒らせたりするんじゃないかというのは」
うん
「そんなもん、ただの思い上がりだったり余計なお世話でしかない」
何でだよ
「じゃ聞くが」
うん
「お前はトモミちゃんの何を知っているのだ」

僕らは予定どおり翌朝宿を発ち、その後当て所もなく行き当たりばったりのツーリングを1週間ほど続けた。
友人と僕は、その夜のことでお互いに腹を立てるでもなく、相変わらずのペイスで走り続けた。
僕は左コーナーに入る前に、ひょいと首を傾ける彼のライディングフォームを眺め続け、ニュートラルに入りにくくなったクラッチに苦労し続けた。

卒業後、僕らは別々に道に進み、連絡もそれほど取らなくなった。
彼は配属が別の土地になったので、そちらに移り住むことになったし、お互いに自分のことで精一杯の毎日を過ごしていた。

バイクもガレージで埃を被っているうちに、ずいぶん時代遅れなバイクになっていった。
たまに乗りたいな、と思うことはあっても気持ちがついていかない。
毎日忸怩たる思いでガレージの片隅に目をやっていた。
だけど、そのうち目をやることすらなくなっていった。
そんな調子で卒業から 5 年あまりが過ぎていた。

続く

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