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その男たち、漁師とサーファーと大工につき。

町長車は、カブ。

すさみを初めて訪れた夜、僕たちは町の歓待を受けました。太平洋を見渡せる町の高台に用意されたBBQの宴席には、紀南の力強い自然が育んだ山の幸&海の幸に紀州の地酒が一升瓶で並びます。それだけで目がパチクリ、心ウキウキなわけですが、杯を交わしていくうちにおもてなしいただいた町のご歴々の人柄が深く心に刺さっていくのです。迎えてくださったのは町長はじめ執行部の皆さんで、行政の人々。自治体の仕事も今までいろいろしてきて、建前のような挨拶をどれだけ聞いたかわかりませんが、それがまったく違ったのです。まずは町長から始めましょう。70代半ばの岩田町長はもと漁師。50代まで役場に勤めながら平松という漁師町生まれの彼はそれが後ろめたかった、とケンケン漁というこの土地のカツオを擬似餌で狙う伝統漁の漁師にその歳で転身。黒潮まで100マイル、往来の多い紀伊沖、フェリーをかわしながら夜の海を一人船を走らせて颯爽とカツオを狙いに行く話を聞いていてアドレナリン、血沸き肉踊ります。漁師ならではの肝っ玉の座ったまっすぐな親分肌なのに率先して小皿やらコップやら準備する気配りで、豪快にして繊細。そこから町政への道を請われ今や首長なわけですが、町長車は日本が誇る原動機付き自転車。「貧乏な人とは少ししか物を持っていない人ではなく、無限の欲望があり、いくらあっても満足しない人のことだ」と述べたウルグアイのムヒカ大統領は古いワーゲンに乗っていますが、カブに乗って潮風を切りながら、町の矢面に立って未来を生み出すべくみんなの先頭を走っていく町長の姿は、本田宗一郎も喜んでいると思えて仕方がありません

日本一かっこいい(と僕が思っている)町長車

レジェンドとの出会い。

次に副町長。すさみ町の原口副町長はもともと筋金入りのサーファーで僕らの世代からすればレジェンド。「NALU」というロングボードマガジン、未知の波と出会う旅の「Surftrip journal」、今は人口も増えたSUPがテーマの「BLADES」というサーフマガジンを出していた出版社に長らくいて海に入らないと生きていけない自分にとっても、和歌山の南は未知のロケーション。どんな海でも“海だ”と見れば、もう反射的に自動的にうねりがあるか、ブレイクするかをチェックしてしまうのですが、ビーチがほとんどなく、一気にドン深になる紀南の地勢は、一般論で言えばサーフしやすい場所ではありません。基本的に波乗りができる波が立つ場所が少なく、これはむずかしいのかなと、副町長に「このあたりはサーフィンってできないですよね?」と聞いたら、「お、サーフィンやるんか、昔はよう行ったよ!」と原口パイセン(波乗り人は相手が波乗りするとわかった瞬間に先輩となります)。まじすか!と聞けば出てくるローカルポイント。基本がリーフなのでポイントブレイク、ビギナー向けでもロング向けでもありませんが、○○川の河口で軽トラが入るようなエグい波があってな、とか○○駅から歩いていける代々受け継いできたポイントがあるから見に行くか、とか嬉々として教えてくれる。すごいです。この海況でギアも貧弱な頃にシビアな波に挑み続けてたこと。どんな現場にもパドルアウトして、チャージしていく副町長は役場の皆さんのよき兄貴で、ソウルブラザーなのです。

紀南沖はドン深、一気に水深2,000m

大工がつくるのは、町。

そして出会うのが、観光協会会長であり町会議員の中嶋氏。彼はウルトラマラソンも駆け抜けてきたアスリートで長らく町の子たちに陸上を教えながら、気付けばそのフットワークを活かして町のために東奔西走しまくっているのですが、もともとが大工。何でも作ってしまいます。軽トラに道具と資材を載っけてすさみのあちこちへと、縦横無尽。町のイベントのステージ、道の駅のカウンター、民宿の露天風呂、移住者の古民家リノベテラス・・・・・と枚挙にいとまがないのですが、見老津というこれまた漁師町で生まれ育った彼は、少子高齢化の進む故郷で先輩たちが漏らす、「早くお迎えがきてほしい・・・」という言葉を何とかしたかった、と言います。そんな想いで地元のお祭りを復活させ、地域一丸となって花火大会を開催しました。それだけでなく、町の力になる新たな若手を呼び込むべく60代半ばにしてFacebookで情報を発信しまくり、“この人は!”という仲間になって欲しい人には積極的にDMを送りまくり、と獅子奮迅。結果、ゲストハウス、町づくり会社、カレー店を各々起業する3名の若き行動力に長けた女性たちをすさみに導き、消滅可能性都市であり和歌山県内で高齢化率2位のすさみ町が社会増減でプラスに転じるきっかけを作ります。しかも観光協会会長の業務は無償で引き受けていて、リスペクトしかありません。彼は、町のためにやるべきやと思ったら、条件なんか考えないのです。猪突猛進に動く、動く、動く。そんな素敵な先輩たちを筆頭に、出会う人、出会う人、みんな同じようにけして都会で会うことのない爽やかな志といたずらっ子のような茶目っ気と健やかな真っ正直さを持った愉快な面々で、ある時気付くのです、ここまで僕らがすさみに惹かれてしまうのは、何よりも人の魅力なのではないか、と。


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