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クラス替えにドキドキする子どもとスキップをする親

 新学期はクラス替えがある。どんな先生が担任になるかで一年が全く変わる。学生の頃を振り返ると今でもイラっとする先生がいる。数十年たっても教え子をイラつかせる先生という職業はやっぱり大変な職業だなと思う。

子どもの頃に私は微妙なスキップをしていた。リズム感がないのだ。そんな私が高校生になってすぐの体育の授業で、全体で整列をする際にどうやらワンテンポ遅れていたらしく、その様子がやる気がなく反抗的に見えたと指導室に呼び出された。

指導室で先生は、俺はやる気がない生徒も変えられる系の話しをしていた。熱意について語っていた。リズム感があれば呼び出されることはなかったと無言で悔し泣きをすると、反抗的な子じゃないのかと先生が少し慌てていた。

すぐに許されたけれど今でもモヤっとする。その先生だけでなく、自分の思い込みで生徒を決めつけて判断をしてしまう先生は苦手だ。

大人になり、今度は子ども達の先生と話す機会が増えた。思いやりのある先生もいれば、子ども達が具合が良くない日も宿題を出す先生がいた。数字ばかりを気にして子どもを見ていない先生だった。

学校以外では娘のダンス教室の先生が印象的だ。娘は夫に似てリズム感があるのでダンスが好きでヒップホップを習っている。

送り迎えをする際に、教室の一番偉い先生がガラス越しに受け持ちではないクラスの生徒のダンスを見ながら自分も踊っていた。体が自然とリズムを刻む様子がキラキラしていて眩しく見えた。その教室に通う生徒は、待ち時間も自然と踊っている。音楽が流れていなくてもリズムを刻む様子がかっこいい。先生たちは教え子たちに指導するとともに楽しさを共有している感じだ。

私はリズム感がないので一緒に踊りたいとは思わないのだけど、踊らずにはいられない、ついつい体がリズムを刻むとはどんなものなのか気になる。ダンスはできないので数十年ぶりに娘の前でスキップをしてみた。「これスキップだよね?」と娘に聞くと、「知らんけど」と鼻で笑われお手本を見せてくれた。やはり私のスキップは微妙らしい。

リズム感というものが全く分からない。もし来世というものがあるなら情熱の国スペインでフラメンコを踊る胸毛濃いめの男性になると夫に話した。夫に「来世ではすれ違うこともなさそうだね」と言われた。



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