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表面からは見えないところにこそ、本質があるのかも

麻袋を使っている

あぁ、麻袋ね

◯◯ね


見たことのある素材だけど
綿とか、革とか
そういう素材と比べたら
圧倒的にまだまだ数の少ない
麻袋という素材。

だから
ひとつ見れば
あぁ、アレね、と、脳内で勝手にイコールで結びつけてしまうのだと思う。

だけど
綿の服は皆同じか…?
革のバッグは皆同じか…?
というとそうではないこと
皆さんもうお分かりだと思うんです。

麻袋だってそう。
私は確かに
麻袋を中心にものづくりをしているけれど
麻袋だけに特化したものづくりではない
麻袋だけに頼ったものづくりでもない
だけど
麻袋本来の姿は
誰よりも愛していると思っていて
麻袋の特徴をポジティブに捉えるというマインドは誰よりも持っていると自負している。

麻袋のケバケバを否定しない
むしろファッションに掛け合わせた時には
その素材感がなければ
つまらないものになる。

雨の日に使えない?
それはそんなに重要なのかな…
人それぞれだから
それがダメだと言われたら
それも1つの考え方なんだとは思います。
だけど
私はの話、
生地をコーティングしたものを好まない。
これは麻袋に出会う前からの話。
コーティングして雨用ですって言われても、全く響いてこない。
素材に魅力を感じないから。
わたしが重きを置くのは
素材本来の姿。
雨の日の過ごし方ではない。
あくまで私の話。

それを抜きにしてもですよ…
雨傘を買う時
これ、晴れの日使えないよね?
と言う人はいるのかな?
日傘は確かに晴雨兼用とうたっているものが多いけど
家を出る時から土砂降りの日にソレを選んで使う人を私は知らない。
雨には雨の日の過ごし方がある。

私はそう思っています。

以前、こんなやりとりを見かけた事があります。

晴れた日でした。
とあるお店の傘売り場で傘を選んでいた方がいらして
とても楽しそうに
広げては鏡を見て選んでいました。

そこに店員さんが来て
話しかける。

全てが耳に入ってきたわけではないので、途中の会話はわからないけど
ふと耳に入ってきたのが

店員:そんなに傘だけで気にしますか?

女性:え?気にしますよ?雨の日を楽しく過ごすために重要じゃないですか?雨の日の服選び、傘選び、私にとっては重要なんです。

店員:そうなんですねぇ。。。

というやりとり。

私も買い物途中だったから、ジロジロ見ていたわけでもないけど、その売り場に立ち寄った最初に、その女性があまりにも楽しそうに傘を選んでいるのが目に入ってきて、とても印象的で、さらにその言葉。

彼女は
雨の日を楽しく過ごす天才か!
と思った。

私もそうです、とは言えないけど
彼女のマインドは大好き。

晴れた日も雨の日も使えるアイテム
それを考えながら買い物をする365日なんて、つまらない派。

何でも入るバッグ
機能的なバッグを選ぶのも
私らしくはない。
バッグは荷物の量だけでなく
ファッションで持ち変えたいし
実際そうしてる。

ポッケがたくさんのバッグ…
それは本当に機能的なんだろうか…?
いえ、私は最低限でいいです。
なぜなら
バッグを入れ替える時
ポッケの荷物を入れ替えるのは面倒だけど
ポーチごと入れ替えれば
忘れ物も無いし
ファッションによってバッグを持ち替える時のストレスは半減する。
(手間は残るから、きっとゼロにはならないという前提)
なにより、ポーチってかわいい🎵

肩がけのバッグより
私は手にバッグを持ちたい派。
これも人それぞれだろうから
否定はしない。
だねど私は、
あくまで私は、
手に持つのが好きで、楽です。
それも理由の1つだし
もう1つは、肩がけすると、洋服の肩の部分に変なシワが寄るのが嫌。私はリネン服愛好家なので、余計に気になる。リネンはシワが寄るのは当たり前だけど、美しく無いシワを大好きなバッグで作りたく無いなぁと思ってる。

好きなリネンと
好きなバッグが
自分の中でケンカしてほしく無いから。

きっと自分の中で、許せるシワとそうでないシワがあるってことなんだろなぁ。これも人それぞれ。あくまで私の話。
それで私はあまり肩がけを使わない派。肩がけは荷物が多い時限定かも。

それから斜めがけのバッグも
あまり使わない派。
これにもちゃんと理由があって
胸が大きい事がコンプレックスな方なら想像していただけるかな?と思うんだけど…
斜めがけで胸が強調されたり、
だからと言って胸の谷間を避けて掛けると不恰好になったりして結局斜めがけの紐の居場所が定まらなくて、ブルーな気持ちになるんです…
斜めがけするバッグのサイズにによっては、谷間を避けて掛けると胸が押しつぶされて苦しくなったりもする…
それにやっぱり、服にシワが寄るのが気になるから。
斜めがけするなら小さいバッグ、軽いバッグに限る、かな。服にシワが寄りにくいし、比較的胸に負担もかけないから。

これらはあくまで
私目線の話。

だけどこの
"私のバッグ選び目線"は
麻袋の性質を考慮したバッグ作りと
結構マッチしていると思ってる。

これは偶然か否か…?!

きっと何かのご縁だと信じちゃうタイプ。
なぜなら
その方が私にとって
心地よいから。

誰かにとっての×は
誰かにとっての⚪︎かもしれない。
好き嫌いはあっていい
あって当然。
だけど
否定する権利は
誰にもない。

HOLO HOLO BIYORIは
"私が作る"からスタートしたブランド。
私の好きが詰まって
私の熱量を着火剤にして
存在しています。

そもそも
多数派に好まれるものや
万能なものは
すでに世の中にあって
大きな会社さんが日々作ってくれてて
安価な価格でも手に入るようになってる世の中で
わざわざわたしが手仕事で参入する必要って…という疑問も湧く。

ニッチな層
かもしれないけど
そこに共感してくれる方に届いたら私は嬉しいし、一緒に笑顔になりたい。

そう思って製作しています。

Picture Bag達は
上に書いた私のYes、Noの選択肢だけでなく
切り取り方や、テキスタイルとの出会いによって完成していくものです。

麻袋の声を聞き
自分の声を聞きて
どうしたらいいか
考える。

麻袋と作り手が
Happyである事が
お客様にも伝わっていって
HOLO HOLO BIYORIというブランドを成長させていってくれるのだと思っています。

て、今日も長々と書いてからの
冒頭の書き出しの回収になるんだけど、麻袋を使ってものづくりしてるってだけで一括りにはなり得ないよねってこと。

麻袋でものづくり

私の場合だけでもこれだけの考え方、視点が詰まってる。
私の好き、や、心地よさ、が詰まってるの。
人は常に何かを選択してる。
ものづくりもそう。
同じ素材を使っていても
同じ作品にはならない。

洋服の素材が同じでも、ブランドが異なれば、パターンも違うし、縫製も違うし、マインドも違うはずなんだよ。

麻袋も、そうだよ。
ニッチな素材だと
そこを無視されがちで
悲しくなる。

私は私。
1つ1つ、私の選択をしながら
HOLO HOLO BIYORIを作ってたし
これからもファンになってくださったみんなとHOLO HOLO BIYORIを成長させていきたいです。

悲しみがあると
喜びに敏感になる。

だから、みんなの存在が
私の救いだなと
今日もそう思っています。

ものづくりは私の自己表現。
言葉にできない、言葉にし辛い事を
ものづくりで表現していく
それはこれからも同じ。
そこには必ず"人"がいる。
"人の心がある"

単なる"モノ"ではない。

作ることにも心があるように
購入してくださる事にも心がある。

作り手とお客様の
心の交流だと、私は思ってます。

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