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選んだ。最初から選択肢はなかったけど。


とても久しぶりの記事です。


最近、いろんな形で
何度も受け取っている感覚を
ここに書き留めておきます。


今日は2022年の冬至。


この日に向けて
空間も意識もスッキリさせたいと、

この数週間
隙間時間に取り組んできたことの1つが、
メールの整理。


開封した時点で、
残すかどうか一旦選択しているし、

1年前のこの時期にも
メールの整理を集中して行っていて
その時にも数千件を削除済。

それでも
今回また8000件以上のメールをゴミ箱へ。

最初はある程度読み返しながら
選択していたけれど、

一通り選び終えてから
結局フォルダごと削除したものもちらほら。


「結局全部消すなら、
 最初からフォルダごと消せばよかった!!」

と、以前の私なら思ったかもしれない。


でも今の私は、
そうは思わない。


なぜ??


それは、
いつでも”わたし”が
この道(進め方)を”選んでいる”と知っているから。


今のわたしになるには
この道しかなかったとわかっているから。


メールを
1つ1つ確認する
そのステップがあったから

気持ちも追いついて
何も置き去りにしない形で、
結局全部削除できた。

もし、
最初からフォルダごと消してたら

過去にそのメールが
届いた時とは全く違う感覚で
同じメッセージを受け取っているという

過去と今のわたしの違いにも気づかなかった。


この気づきが
とてもおもしろくて、たのしくて、
この感覚を受け取るために
メールの整理してるんじゃない?
とさえ感じた程なのに。

この道を通らなかったと、
想像したらもったいなくて!


もしこの作業をスキップしていたら
きっと別のことを通して
この”自分の変化に気づいておもしろがる”感覚を
受け取りに行ってたんだろうけど。


きっと
フォルダごと削除でOK!
のステージもある。


ただ、
今のわたしには
このステップも
とても大切なプロセスで、

プロセスそのものが
(道を歩くことそのものが)
既にゴールでもあったということ。


そんなことを感じていたら、

人生もやっぱり
「この道しかなかった」んだなー
という感覚が自分の中に生まれ、
(スッキリ納得した感じ)


この数日の間に、
その感覚を強くさせるようなことが
何度も何度もやってきた。


そうだ、
私はこの道に立つことでしか
見られなかった景色を見たかった。

この道の途中にある
感情を味わいたかった。


この道の先に
約束の出逢いが待っていると知っていた。




だから
他の選択肢はなかった。

選んだけど、選んでない。
他の選択なんてないと知っていた。




今日もまた
本を通して同じメッセージ。

今、息子に読み聞かせしているのは 
上橋菜穂子さんの「守り人」シリーズ。


今朝、
『闇の守り人』を読んでいて出逢ったのが
こんな文章。

ーーーーーー

「・・・俺は夢を見ながら、考えてた。
 おれが、たどってきた道の、
 どこかで、べつの道をえらんでいたら、
 もっと良い人生が、あったのだろうか、と。」

「こたえはな・・・
 もう一度少年の日に戻って、
 人生をやりなおしていい、といわれても、
 きっと、おれは、
 同じ道をたどるだろうってことだった。

 おれは、これしかえらべないっていう道を、
 選んできたのさ。ーだから、後悔はない」

ーーーーーー




読書で
答え合わせすることは
こどもの頃からの習慣。

ああ、やっぱりと、
2度そのセリフを読み返した時、

ふと、もう1つ
生まれてきた感覚がある。


これはきっと、
「わたし」だけのことではなくて

「わたしたち」のことなのかもしれない。

誰もが皆、
その道を選んだ。

その道しかなかった。



選択肢は
たくさんあるようでいて、
やっぱりそれしかなかった。
”今のわたし”になるには。

あの出逢いも
その出来事も

今の道でしか体験できなかった。


この感覚がもっと上手く
伝えられるといいな。


古来から大きな節目とされている
冬至の朝に深まった感覚。


新しいはじまりの日に、
不要な迷いがなくなった気がする。


これしかない道だけど、
選んだのもホントウ。


しばらくこの感覚を
熟成させていこう・・・。


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