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仲山拓人のサイレント・ラヂヲ:第1回

 こんばんは。画家の仲山拓人(なかやま たくと)です。
 2月15日木曜日、時刻は午後10時を回りました。皆様いかがお過ごしでしょうか。
 この番組は、滋賀県彦根市にある、私のアトリエからお届けする無声ラジオ。お気に入りの音楽や書籍、作品制作のお話などを中心に、のんびりとお送りいたします。お休み前のひととき、どうぞお付き合いください。


 まずは一曲お届けしましょう。トッド・ラングレン『Runt. The Ballad Of Todd Rundgren』より「Be Nice to Me」。


 まどろむような、甘いのにどこかさみしい歌声が沁みますね。穏やかなのに、なぜか少し心がざわざわするような不思議な余韻が残る気がします。蒼褪めた場所で、首吊り用のロープを首にかけピアノを弾くトッド・ラングレンの後ろ姿という、このアルバムのジャケットアートもとても印象的でドキッとします。
 私がこの曲に出会ったのは、ある小説の中ででした。次はその小説をご紹介いたします。〈サイレント・ラヂヲ〉という番組名と、トッド・ラングレンの「Be Nice to Me」で気が付いた方が、もしかしたらいらっしゃるかもしれませんね。


 ご紹介するのは、吉田篤弘(よしだ あつひろ)の『流星シネマ』『屋根裏のチェリー』『鯨オーケストラ』の3冊です。


 この三作品はゆるやかなシリーズなっていて、昔、鯨が川に迷い込んできたという河口の町に暮らす人々の群像劇が描かれています。過去にとらわれ、足を止めていた登場人物たちの時間が、その「鯨」を通して静かに共鳴しながら、ゆっくりと動き出すような、そよ風のように穏やかで、なのに力強い小さな奇跡の物語です。
 このシリーズの3番目、『鯨オーケストラ』の主人公、曽我哲生がパーソナリティを務める深夜ラジオの番組名が〈ソガ・テツオのサイレント・ラジオ〉です。そして、その番組のテーマ曲として登場するのが、先ほどご紹介したトッド・ラングレンの「Be Nice to Me」です。どんな曲なのだろうと聴いてみたらすっかり虜になってしまいました。
 この『流星シネマ』『屋根裏のチェリー』『鯨オーケストラ』という三作品は、全編を通して音楽が聴こえてくるような気がするような作品です。目の前で鳴っているのではなく、懐かしい匂いのように音楽が漂っているような不思議な感覚にとらわれ、とても居心地のいい作品です。

 この場で何か連載をしたいと思いながら、何をすればいいか決められずにいたのですが、最近やっと、架空のラジオ番組をやってみたらいいのではないかと思いついたのです。ラジオのような配信をしてみたくても話す自信がないので、字幕だけの”無声ラジオ”にしようと思い立ちました。その時真っ先に思い出したのが、今ご紹介した作品たちです。この作品には、音声の入っていない古い8ミリフィルムにあわせて即興で音楽を奏でるシーンがあります。無声映画、サイレント映画です。さらに〈サイレント・ラジオ〉という番組も登場します。なので、第1回目の今回は、まずこれらの作品をご紹介したいと思いました。
 こんな感じで、毎週、私のお気に入りについてお話していきたいと思います。


 さて、私は画家として活動していますが、週末は彦根市内で観光人力車を運行する〈ひこね亀楽車〉所属の俥夫(しゃふ)として、人力車を牽いています。まだ昨年の秋にデビューしたばかりの駆け出しですが。彦根城は桜が見事ですので、あとひと月ほどすると大変な人出で、人力車も大忙しだと聞いています。なので、最近は繁忙期に対応できるように体力をつけようと、休みの日も長い距離を歩くようにしています。今週は、月曜日には中山道を八日市まで、昨日は中山道を逆に歩いて醒井まで行ってきました。帰りはさすがに電車に乗りましたが、それぞれ20km以上は歩いたと思います。もともと煮詰まると外を歩き回って気分転換をする質なので、トレーニングなのか現実逃避なのか微妙なところではありますが。そのうち中山道を徒歩で踏破してみたいななどと思い始めています。

 それでは今日は、もう一曲だけご紹介して終わりにしようと思います。
 この曲にはNHKの〈みんなのうた〉で2004年12月から2005年1月に放送されていたのを見て出会いました。当時、中学校に馴染めず、不登校だった私にとって、とても癒しになった曲です。今でも散歩に出かけるとこの曲を思い出します。気持ちが疲れた時に、ふらりと歩きに出るようになったのは、この曲がきっかけかもしれません。


 堀下さゆり「カゼノトオリミチ」

 それでは、この曲を聴きながらお別れです。また来週。おやすみなさい。


本日ご紹介した音楽と書籍

  • トッド・ラングレン『Runt. The Ballad Of Todd Rundgren』(Rhino Records,1971年,R2-70863)より「Be Nice to Me」

  • 堀下さゆり『カゼノトオリミチ』(BabeStar,2005年,
    VICB-60002)より「カゼノトオリミチ」

  • 吉田篤弘『流星シネマ』(角川春樹事務所,2020年,ISBN978-4-7584-1349-7)

  • 吉田篤弘『屋根裏のチェリー』(角川春樹事務所,2021年,ISBN978-4-7584-1386-2)

  • 吉田篤弘『鯨オーケストラ』(角川春樹事務所,2023年,ISBN978-4-7584-1438-8)


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