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七つ道具 その1

Cisaille
シザイユ

製本を始めてから、たくさんのフランス語を覚えた。
この単語もその一つ。

裁断機

はじめて出会ったシザイユは、私が製本を習ったアトリエのもの。
そこには、その上で人が一人寝てしまえそうな大きなシザイユが一台と、
中ぐらいのすこぶる切れ味のいいシザイユがあった。

シザイユはアトリエの主といっても過言ではない。

その一台の佇まいが、アトリエの雰囲気を決めるし、
私たち製本職人はこれがなければ仕事を始められない。

役目としては単純そのもの。
ボール紙や紙を裁断するだけだ。

しかし、この「裁断するだけ」にどれほどの緊張とミリ単位の微細な仕事が要求されるか、裁断機を実際に使ってみた者にしかわかってもらえないだろう。

製本を習いたての頃、この「切る」という作業がどれほど怖かったか。

一旦切ってしまったら、後戻りは許されない。
しかし、それを怖がって手をつけられずにいたら、いつまでたっても本は仕上がらない。

最初のアトリエの巨大なシザイユは、いつ頃の年代のものだったのだろう?
少なくとも100年以上は職人の仕事を支えて来た貫禄があった。
広い台は木でできていて、色も触りごごちも良かった。
刃の一方の先に大きな重りがついていて、その重りの力を借りて刃を下ろす。ギロチンのようにスパッと一息に切るのではなく、何度も刃を下ろしながら(ハサミで言うならジョキジョキという感じで)裁断していく。

上手く刃が当たって、思い通りに切れているときは、いい音がした。

最初のアトリエで、私があの音を出すことができたのは、一体何回ぐらいあっただろう?

いつも自信がなく、ためらいがちに、祈るような気持ちで作業していた。


あれからほぼ10年が経って、ようやく裁断機を前にしても、
あの震えるような気持ちを抱くことなく作業できるようになってきた。


今のアトリエで使っているのは、もっと新しく、小さいものだ。

それぞれに癖があって、一筋縄ではいかない。
でも、その癖すら愛おしく、仕事の相棒として活躍してくれるのは有難い。


うちにある裁断機の、通称「ココット」は、現役の製本家の方から激安で買い取ったものだ。

公共交通機関を使って自宅に持ってくるまで相当苦労したが、
あの時その製本家の方が示してくれた、小さな、でも優しい心遣いを今でも忘れないし、それは私のこの道具に対する愛着にもなっている。


製本職人は「一人」で仕事しているかもしれないが、
たくさんの道具に囲まれて初めて仕事ができる。

そういう意味で、職人は決して「一人じゃない」。



今日はアトリエに私の大切なお友達を招いた。
彼女が撮ってくれた写真は、初めての「私がアトリエにいる」写真だった。