ショート💫AIおじいさん

※このお話は創作です

おじいさんが死んだ。
とても暖かな春の朝だった。
おばあさんは
「安らかに、おじいさん」
とだけ言った。
老衰で、幸せな最期だった。
おばあさんの顔はかすかに微笑んでいて、おじいさんも同じ顔をしていた。

程なくして初夏がやってきた。
今年もやってきた季節を浴びながらおばあさんは1人庭に座っていた。
「やあ、こんにちは」
不意に上から声がしておばあさんは地面から顔を上げた。
おじいさんだった。
死んだはずのおじいさんが、死んだ時の寝間着姿で庭にたっていた。
おばあさんは、少し寒気を覚えた。
おじいさんがなんだか、機械のような規律的な喋り方だったからだ。
それでもおばあさんは、帰ってきてくれた最愛の人を抱きしめた。
「いつまでも一緒にいましょう。」
おじいさんは今度は笑顔で、
「ぜひ、よろしくお願いします」
と言った。

おばあさんとおじいさんの奇妙な生活が始まった。 最初の季節、おじいさんはずっと機械のように過ごしていた。
まるで初期化されてしまったかのように。
おじいさんは、全て初めからおばあさんが教えないと、ご飯を食べるのすら分からなかった。
それでも、1度教えればおじいさんはすぐに覚えた。

2人は気がつけば長い年月を共にすごしていた。
何年か経つと、おじいさんは色々なことが自分でできるようになっていた。
死ぬ前とほとんど変わらない毎日を過ごしながらも、おばあさんはおじいさんが以前のように愛を囁かなくなったことを気がかりに思っていた。
抱きしめても、キスをしても、機械みたいにただ返してくるだけなのだ。
「愛してるって言ってよ」
とおばあさんが言うとおじいさんは、
「愛しています」
と返すだけで、おばあさんは虚しくなってしまい、いつしか朝晩のハグ以外何も求めなくなった。

そんなある日、おじいさんがいつかの初夏のように庭に立っていた。
「花でも咲きましたか？」
とおばあさんが庭先に出て聞くとおじいさんは、ただ首を横に振った。
「5秒間だけ、目を瞑っていてくれないか。」
おじいさんが不意に言った。
「どうしたのよ。」
おばあさんが問うと、おじいさんは
「愛しているからです。幸せだ。」
と返した。
おばあさんはやっとおじいさんが「愛情」を思い出したのかと、とても喜ばしい気持ちになった。
「私も愛していますよ。」
目を瞑っておばあさんも言う。
頬に柔らかい感触があったあと、風が吹いた。
5秒たちあたりが静かになるとおばあさんは目を開ける。
そこには、誰もいなかった。
柔らかな日差しがおばあさんに降り掛かる。
季節は、春だった。
「おじいさん、死んじゃったのね。」
おばあさんはポツリと、庭の草に言葉を零した。

夢のような日々は本当に夢だったのか。
おじいさんが死んでから、何日が経ったのか。
あれは、おじいさんだったのか。
「最新AIだったのかしらね。」
いつしか孫たちが話しているのを聞いた。
人間の様に話す機械があると。
機械のおじいさんと過したかもしれない日々は、とても心地が良かった。

「戻りたい。」
そう呟くおばあさんに誰かが声をかけた。
「おばあちゃん、お部屋に戻ろう」
はて。だれだろうか。
綺麗な娘さんだ。
娘たちくらいだろうか。
とても懐かしいような気がする。
「あなたはどなた？」
「やあねえおばあちゃん、娘よ。ほら、お部屋に戻ろう」
はて。あんな娘いたかしら。
手を引かれて部屋に戻るとおばあさんは、知らない人だけれど、自然と暖かい気持ちになった。
「わざわざごくろうさんねぇ」
「もう、おばあちゃん。今日はおじいちゃんの十三回忌でしょ」
ああ、やっぱりおじいさんは死んでいた。
何をしても震える手でそっと仏壇に手を合わせると、頬に風が当たった。
きっとおじいさんだ。
今も近くにいてくれたのね。
ありがとう。
おばあさんはおじいさんの遺影をいつまでも、眺めたのだった。