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【ピリカ文庫】うろこ雲【ショートショート】

「ママ、このお魚、どっちが頭で、どう泳いでたの-?」

お皿に乗っている『切り身魚の煮付け』を見て、ユウタは私に聞く。

切り身魚と言っても、加工がしてあり、もう魚の形はしていない。長方形だ。

もうこの国では、尾頭付きの魚にお目にかかることは、ない。

今、ユウタが食べている魚は、加工魚。しかも養殖されたもの。


確か、2021年の東京オリンピックの年までは、普通だった。普通に、普通の魚を食べていた。ここで言う普通とは、今の定義の普通ではない。
この2027年においては。

海洋プラスチック問題が深刻化し、もう魚は食べられなくなった。魚に残留するマイクロプラスチックの量が、信じられないほどの値になり、全世界で漁業が禁止された。そして、日本では、厳しい管理下におかれた魚の養殖業が発展し、そこで育てられた魚のみが、市場に出回るようになった。しかも魚は、すべて加工され、どちらが頭だったのかわからない形に形成される。

食べる魚だけではない。水族館も、もう、ない。

動物愛護団体の強い圧力がかかり、狭い水槽に魚を閉じ込めるのは、動物虐待だと、水族館は運営ができなくなったのだ。

ネットの世界だけで見るバーチャルな水族館。ユウタが知っている魚は、ここにいる魚だけ。

だから、ユウタは、『本物の魚』をその目で見たことがない。


* * * * *

テレビのニュース番組から流れるアナウンサーの声。

お天気は不安定で、ゲリラ豪雨が発生する可能性があります。お出かけの際には、長傘をお忘れなく。なお、ゲリラ雲がみられた場合、お天気が急変し、激しく雨が降り出す恐れがありますので、どうぞご注意ください。
続きましては、各地の週間天気予報をお伝えします。

ゲリラ豪雨を引き起こす雲だから、ゲリラ雲だなんて。

「ゲリラ雲じゃない!」

急に大きな声を上げた私に、ユウタはびっくりしている。

「ゲリラ雲じゃない、ユウタ。うろこ雲だから。」

「うろこって、あ、お魚が着てるお洋服の?」

なぜ、普通の会話ができないのだろう。うろこだよ、うろこ。





背中と額に嫌な汗をかいてしまった。私はソファーに横たわる重い体をゆっくりと起こし、姿勢を正す。

やっと酷いつわりから、解放されたと思ったら、今度はいつも眠気に襲われて、一日中、ぼんやりとしている。
ソファーの座って休んでいると、いつの間にか眠り込んでしまう。
そして、まだ生まれていない子供の夢をみる。ユウタの夢。


予定日まで、あと、2か月。

そう、9月5日まで、ちょうど2か月だ。

喉が渇いた。キッチンへ行き、冷蔵庫から冷たいミネラルウォーターを出して飲む。

キッチンの窓ごしから空を見ると、そこには季節外れの、うろこ雲が広がっていた。








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