私のドアスラム体験記

INFJならおなじみ? の行為、"ドアスラム"

突然、人間関係のドアを閉ざす、あれだ。

私も振り返ってみると、人生で何回か自発的にドアスラムをしている。

ちょうど最近、アベプラで"人間関係リセット症候群"について触れられていた。この"人間関係リセット症候群" とドアスラムは、ほぼ一緒だと思う。


結論から言うと、すべてのドアスラムを全く後悔していない。

ひどく冷淡に見えるし、実際にそうなんだけど、人間関係が流動的じゃない方が、よっぽど病的であり、お互いの精神の成長の足枷になっていると感じるからだ。

というか、合わない人間関係を惰性で続けることは、互いの貴重な時間を粗末にしているのと同じなので、本当にもったいない。

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参考までに、最近私が"ドアスラム"した経験を、書き記していきたい。

【関係性】

高校の同級生4人グループ

【付き合い詳細】

高校時代同じクラスで仲良くなり、大学〜社会人3年目ぐらいまでは定期的に会う関係。

推測だけど、MBTIの内訳は多分こんな感じ。圧倒的S!!!であり、圧倒的E!!!だ。

①ESFJ / ②ESFP / ③ESFJ / 私INFJ  

こう見ると、私だけ異質感・・・ な組み合わせで、なぜ仲良くなったの?!と自分でも思うレベルだ。

当時の私は外向的でない自分が欠陥品のように思えて、無理して明るい自分・面白い自分を演じていた。 (高校時代はMBTIも知らなければ、内向型やHSPという概念も当然知らなかったため)

なので、変人というポジションではあったものの、無理して合わせていたせいか、本来の自分とは不釣り合いなテンションの高めなグループに属していたのである。

(もちろん気質はずっと変わっていないので、友人達と遊んだ日の夜はぐったりしていたし、2泊3日の旅行に行ったときの帰り道は、誰とも話したくないとすら思っていた。自分はなんて体力がないやつなんだ・・と思っていたし、一人になりたいと思う自分は、性格悪いし異常だなとずっと思っていた 当然ながら自分を責めることが多かったので、自己肯定感は最悪だった)


大学〜社会人1年目ぐらいまでは、何の違和感もなく、定期的に会って世間話などをする仲だった。

会うたびに少しずつ違和感を感じだしたのは、社会人2年目以降。

常識やルールを遵守し、いわゆるレール的人生を重んじているS型の友人たちと、レールを外れて自分にフィットした人生を進みたいN型の私で、徐々に価値観の違いが顕著に浮き彫りになってきた。

社会人2年目にもなると、社会のことが少しずつ理解できるようになり、自分の理解も深まってきていて、自分の人生の方針が少しずつではあるが出来始めていた頃だ。

今まで当たり前に友人たちから聞いていた、↓こういう話題が本当に苦痛になり、話を聞くだけでもしんどくなっていった。

「彼氏がいない=寂しい」「結婚は30までにしたい」「いい男と結婚したい」「合コン行きたい」「かわいくなりたい」「痩せたい」「あの子結婚したって」「あの子は〇〇」「写真撮りたいからあそこのカフェ行きたい」「会社の先輩が〜」「会社の後輩が〜」

主体的に人生を動かしたいというより、他人から"選ばれる"ことや他人から"よく思われる"ことだけを考えている感じで、自分がどうしたいかより、世間一般の常識に沿って"正解"と思われるような人生を送りたい感じだ。

いろんな人生があっていいし、自分の人生が幸せになる方法は、人それぞれ違う。友人たちと私は、人生の幸せのベクトルが真逆の方向だったのだ。


会う度に、

・したい会話ができないフラストレーション
・目指す人生の方向性の違いを痛感
・本当の自分を隠して付き合うことのストレス
・遊ぶ内容も”外向的な人が楽しめる場所”を提案されることが多くかなり疲弊  (休日の殺人的人混みの渋谷など)
・会っている時間を別のことに使いたい(読書)

こんな感情が脳内で爆発してしまい(もちろん外には出さない)、会うこと自体が楽しいと思えなく、ストレスを感じるようになってしまった。

会う約束の1週間前から、なんとなく気が重く、会ってる最中や会う前後に、モヤモヤやイライラしてしまうようになり。会っているときの自分が自分じゃない感覚、大げさな表現かもしれないが、"死んだ自分"に耐えきれなくなった。

転居を機に、連絡を断った。

もちろん良い終わり方ではないし、私も後味悪い。

おそらくかなり嫌われたであろう。(かなり仮面をかぶっていたので、普段不満を言わない私がどうしてこんなことをしたのか、理解不能だとすら思われていると思う)


だが、この決断をして本当に良かったと感じている。

このままずっとしんどさを隠して付き合うと、いつか自分の心身が破綻してしまうし、ストレスを相手にぶつけていた可能性も大いにあるからだ。


このドアスラムから経験したことは、分かり合えない人とは、早々と距離を置く方が、お互いの健康と幸福のためだということ。

特に、昔からの友人は、遅かれ早かれ人生の進むステージや、人生の方向性や環境の違いから、違和感が出てきて当然なので、ちょっとでも"合わない"と感じているなら、付き合い自体が必要かを真剣に考える必要がある。

これは、INFJの特性とか関係なしに、社会人になって数年したら、自分の人間関係を一度整理することが、前向きな人生を歩むために必要な通過点だと思う。

痛みも伴うけど、必要な成長痛のようなものだ。


気の乗らない時間を削減し、自分のために使う。

時間は、有限なのだ。

ドアスラムするかどうかで悩んでいるのであれば、しても大丈夫だということを経験から伝えたかった。

同じような気質を抱えた人の参考に、そうじゃない人にも、私の経験が、少しでも今後の自分の人生の判断材料になったら嬉しい。

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