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回復力弱い日本の鉱工業生産 = リーマン・ショック後の生産低迷の下、感染拡大 =

                                                                                         2021年9月12日

 前回レポートで、新型コロナ感染拡大から1年半経過した日本経済の姿を米国経済と対比しながら眺めて頂いた。今回は日本の鉱工業生産の推移を財別で眺め、短期的な変動を長期的な推移の中で眺めて頂き、日本経済の置かれている状況を確認して頂く。

〇 鉱工業生産、今年4-6月期2年半ぶりに増加に転じる

 図1、表1は鉱工業生産の推移を前年比で眺めたものである。

鉱工業07g[3377]

図1. 鉱工業生産の推移( 前年比増加寄与度、% )

表1. 鉱工業生産の推移( 前年比、% )

鉱工業(前年比)(表)[3376]

 鉱工業生産は今年4-6月期前年比で19.9%増と2桁の伸びを示した。前年比でプラスとなるのは2018年10-12月期以来2年半ぶりのことである。7月も単月ではあるが、前年比で11.6%増と4-6月期平均よりほぼ半分の伸びに鈍化したが、それでも2桁の伸びを維持し、生産の拡大基調が継続している姿を示している。

 4-6月期の前年比プラス転換を財別に眺めると、非耐久消費財が依然マイナスを継続する中、資本財、建設財、耐久消費財、生産財と残り全ての財生産で急拡大している。

 同様に7月単月の姿を眺めると、消費財生産において、非耐久消費財の落ち込み幅が拡大する中、耐久消費財も前年比プラスは維持したものの、大きく鈍化している。

 他の財生産と比べ拡大幅が小さい建設財は、7月同3.6%増と回復基調を持続している。

 他方、資本財は前年比20%増と4-6月期平均とほぼ同じ高い伸びを記録し、生産財も同17.6%増を記録、4-6月期平均より前年比の伸びは鈍化したものの依然高い伸びとなっている。

 7月の推移からは、消費財が鈍化する一方、資本財、生産財の堅調な拡大は設備投資の拡大を示唆している。経済産業省「鉱工業出荷内訳表」から出荷先を眺めると、両財とも国内向けが拡大していること以上に輸出向け出荷が急拡大してきている。「鉱工業出荷内訳表」を用いて筆者が計算した資本財の輸出比率、すなわち海外需要への出荷に占める割合は上昇してきている。今年7月には30.9%と過去最高の輸出比率となっている。

〇 前期比と前年比の推移の違いから浮かび上がる姿

 前年比で眺めた鉱工業生産は、非耐久消費を除き、4-6月期2年半ぶりの増加、それも2桁急増が大半という姿であったが、毎期ごとの拡大、鈍化のスピートを表す前期比の動きは、前年比の推移から描かれる姿とは異なる姿が現れる。表2は、表1で取り上げた項目の前期比を示したものである。

表2. 鉱工業生産の推移( 前期(月)比、% )

鉱工業(前期比)(表)[3375]

 前期比で鉱工業生産の推移を眺めると、2020年4-6月期16.8%減と前年比と同じく感染拡大後最大の落ち込みを記録した。

 その後、前年比ではマイナスが継続する中、前期比では、昨年7-9月期には9.0%増とプラスに転じ、その後今年4-6月期までプラスの伸びを継続してきた。前期比では昨年4-6月期の底から7-9月以降回復基調が継続していることを示している。

 注目すべき点は、昨年7-9月期以降の前期比の伸びが鈍化してきていることである。回復のスピードが期を追って鈍化してきている姿である。今年7月、単月ではあるが前月比は6月に対して1.5%減とマイナス成長へと落ち込んでいる。

 注目すべき点は、前年比と前期比の推移の違いである。昨年7-9月期以降回復スピードが鈍化する中にあって、今年4-6月期2年半ぶりに前年比で2桁増に転じたことである。今年7月、前月比でマイナスに転じた一方、前年比では4-6月期の伸びより鈍化したとはいえ、それでも前年比で2桁の伸びを維持している。

 この前期比と前年比の推移の違いは、既にお分かりだと思うが、経済が急激なショックなどから大きく落ち込んだ時期に起こりうる。とくに落ち込み期からの回復スピードが弱かったりしていく中で観察される現象である。前年比では落ち込みが最大であった時期の1年後、急拡大し、その後、回復のスピード(前期比)が弱ければ、前年比の伸びは期を追って鈍化していくというパターンを描く。前期比の鈍化、減少パターンに対して、前年比では対照的な増加パターンが表れる。

 7月の前月比はマイナスとなったが、7-9月期以降回復スピード、すなわち前月比、前期比がプラスに推移しても、その勢いが弱いものであれば、前年比の伸びも急速に鈍化していくということである。

 今回、新型コロナ・ウイルス感染のパンデミックにより、このような状況は世界的にも見られる状況である。実質GDP、生産、原油など物価の動きの判断には注意すべきである。FRBがインフレは沈静化するという認識の裏には、この状況を踏まえての判断ともいえる。

〇 資本財、感染前ピークに回復、耐久消費財はピークより19%低い水準へ

 鉱工業生産を前年比、前期(月)比で眺めてきたが、次に鉱工業生産の活動水準を眺めてみよう。図2、表3は新型コロナ感染前に鉱工業生産がピークを付けた2018年10-12月期の生産水準を100として示したものである。

鉱工業18g[3378]

図2. 鉱工業生産の推移( 2018年10-12月期=100 )

表3. 鉱工業生産の推移( 2018年10-12月期=100 )

鉱工業(2018)’票)[3374]

 感染前ピークからの推移を眺めると、生産財、資本財、そして耐久消費財の生産が2019年10月の消費税率引き上げに反応し下落する中で、新型コロナ・ウイルス感染拡大の影響を受けた姿が浮かび上がる。

 このような状況の下、今年4-6月期、7月と前年比で2桁の伸びを示した鉱工業生産ではあるが、感染拡大前のピークに対して依然7%から6.5%低い水準に止まっている。

 鉱工業生産全体の水準を下回っているのは、耐久消費財、建設財である。耐久消費財(赤線)は年明け後再び減少に転じ、4-6月期にはピーク(100)に対して83.0、7月では80.7に低下、ピーク時より19%近い水準へと落ち込んでいる。建設財は4-6月期にかけて回復してきたが、7月単月では再び減少に転じている。

 非消費財は感染前ピーク(100)に対して5%程度低い水準でほぼ横ばいで推移している。半導体などの生産財は今年1-3月期にかけて拡大してきたが、4-6月期には勢いが鈍化してきており、非消費財と同じく鉱工業生産平均を若干上回る水準に止まっている。

 他方、前年比、前期比ともに高い伸びを示している資本財は、今年4-6月期感染前ピーク(100)に対して97.5となり、7月には99.2とほぼ感染前のピーク時の水準まで回復してきている。

〇 新型コロナ禍にある日本、リーマン・ショック以降の低迷の中にある

 鉱工業生産の推移を新型コロナ・ウイルス感染前ピークからの動きとして眺めて頂いたが、次に長期的な推移の中での鉱工業生産の位置づけを眺めて頂こう。図3は1985年以降の推移を四半期で描いたものである。図4は鉱工業生産のうち建設財の推移を示したもので、他の財生産と変化幅が大きくぶれているため別図とした。

鉱工業85g[3372]

図3. 鉱工業生産の推移( 2015年=100 )

建築材85g[3373]

図4. 建設財生産の推移( 2015年=100 )

 図3をご覧になれば、資本財生産、消費財生産の波がリーマン・ショック後消滅したように、低水準で波の幅が小さく推移している状況がお分かりになるでしょう。消費財生産はリーマン・ショックからの回復や2011年の東日本大震災の復興需要による拡大が観察されるが、それ以降は弱い動きとなっている。

 生産財は資本財、消費財と比べ波の上下は非常に小幅で推移してきているが、リーマン・ショック後は資本財、消費財の上下幅と比較して、生産財の波の幅が相対的に大きくなってきている。日本の生産構造が資本財生産、消費財生産から生産財生産へと変化してきている姿でもある。

 図4は建設財生産の推移である。アジア金融通貨危機以降大きな減少傾向を示し、リーマン・ショック後はほぼ横ばいで推移してきた。2019年の消費税率引き上げ、そして新型コロナ・ウイルス感染拡大を受け再び下落を示している。

 新型コロナ・ウイルス感染禍の鉱工業生産の回復力の弱さは、米国とは異なり、リーマン・ショック以降の付加価値回復力の弱さ、低迷の中にある。

 この鉱工業生産の低迷には製品輸入、すなわち海外供給の増加があり、輸出競争力の低下がある。財務省「法人企業統計」において日本企業の付加価値率は鈍化しており、資本金10億円以上の製造業では2005年頃から付加価値率が低下、伸び悩んでいる。これでは期待されていたトリクルダウンは動かない。付加価値率が低下している大企業はコスト削減を求めて海外供給を増加し、商社化している姿が浮かび上がる。海外に生産基盤を移しても、国内での技術革新、新規格開発などに専念する「ファブレス企業」として進化していない姿に移る。

 この状況については改めてご紹介したいと思う。

〇 少子・高齢社会に生きる国民のため、社会生活基盤の再構築

 このような状況で、サービス業など社会基盤を担う人々を始め、全国民に経済的にも、精神的にも大きな負担が覆いかぶさってきている。都市のみならず地方でも、地域社会、街が壊れかけてきている。

 新型コロナ・ウイルス感染対策、医療体制の拡充、財政支援に政府、行政は改めて全力を注ぐべきである。同時に、税収を生み出す国民を救うため明確な財政支援を急ぐべきである。パンデミックの下、財政赤字拡大は世界共通の課題である。その為にも長年手を付けられなかった既得権での財政支出に大鉈を振るう時である。そして少子・高齢社会に生きている国民を支援して社会生活の再構築に注力すべき時である。課税所得の基礎控除額を2~3倍に引き上げ、年収2000万円以上の所得累進税率の再導入など、抜本的な税制改正が必要である。

 リーマン・ショック以降の日本を立て直すためには、近視眼的ではく、単なる過去の予算枠の延長ではなく、日本の経済社会が進む道と目標を国民、産業界に示し、その路線に基づく政策目標・財大政改を行い、明確で持続的な成長路線を実行すべきである。

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