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縁側住人2人目「軸のある人」前編 こぎん刺しpetit(プチプラス)/とも・おさともさん 

このインタビュー記事は、
学校の先生と文筆家 二足のわらじに挑戦中の
“アスノコトノハ”が、
Voicyパーソナリティー 小川奈緒さんの元に集う
魅力的な皆さん(縁側の皆さん)の一ファン
として、書いています。
 
縁側の皆さんの魅力が少しでも伝わり、
お互いのファンになれたら、
誰かの新たな一歩を応援できたら
そんな願いを込めてお届けします。
 
記事を読んでの感想、リクエストなど
ぜひどしどしお寄せください。
私も取材して欲しい。
あの人のことが知りたいという
リクエストにお答えしながら、
縁側の活動がもっと魅力的になればと
願っています。
 
 アスノコトノハ

おさともさんの人生には、2つの軸がある。
人間関係の軸と手仕事の軸。
人間関係に苦しみ、悩みながら手を動かした
その先にたどり着いた今。
2つの軸を撚り合わせ紡いできた人生に、
美しい絵柄が浮かび上がってきた。

彼女の一日の半分は、
こぎん刺し小物のオーダー作品の制作だ。
小さなポーチなら1,2日で仕上げる。
途中休憩を挟みながら5,6時間、
作品と向き合う日々だ。

今までどんな風に人生を送ってきたのか?
子ども時代から遡ってインタビューしていった。

「子どもの時は、友達と外遊びに夢中。
怒られても、謝らずに親を困らせる勝気な子でした。
父は昭和の仕事人間。
みんな言うことを聞いていたけど、
兄の反抗期をきっかけに、家の中は言い争いの嵐。
母の愚痴を聞きながら、
『その場を収めよう。
家族の仲を何とかしよう。』と
子どもながらに立ち振る舞いました。
その頃から、自分の気持ちを出さず
抑える癖が付いて。
家族、友達、恋愛、仕事、ママ友などの
人間関係でも波風立てずに
我慢するのが癖になりました。」
彼女はその後も、この「我慢」と
付き合っていくことになる。

大人になってからのおさともさんは、
どんな風に過ごしてきたのか?

「就職活動はバブル崩壊で苦戦。
色々な職場を経験し、兄の起業の手伝いも
しながら結婚後も働きました。その後、出産。
同時期に義母の介護と育児のダブルパンチが
やってきて。子どもが3歳になるまで続きました。」

本当に我慢強い人だ。
普通なら片方でもワンオペは厳しい。
お子さんは母乳の味へのこだわりが強く、
そのことで出産後10kgも痩せ、
同時期に緩和ケアで入院した
義母さんに毎日食事を作って病院へ運んだ。

話を聞き始めた時、
私は大変失礼な思い込みをしていた。
言いたいことが言えず、
我慢ばかりしちゃう人のなのかと。
しかし、よくよく聞いていくと、
間違っていた我が身の浅はかさを思い知る。

それはそれは粘り強い
付き合い方をされる人のなのだ。
幼い頃から家族がうまくいくように
間に入って気を遣い続けた。
相手の丁寧に話を聞いて、少しずつ意見を言う。

私はと言えば、何でもはっきりと意見を言う。
言わない人には、「はっきり言えばいいのに」
と今まで思ってきたと思うし、
そう言ったこともあると思う。
でも今おさともさんと話をしながら振り返る。

私は誰かを黙らせてきたのではないか。
私はいつも正しいと思ってきたのではいないか。

黙らせ、身を引かせたことに対して、
弱い人だとは思ってこなかったか。
勝ったような気になっていたのではないか。
おさともさんは、グッとこらえ、
その場を収めてきた人たちの思いを
私に教えてくれたように思った。

でもつい笑ってしまったエピソードもある。
家族の一人からヘトヘトな中で
ご飯を作るように言われ、腹が立った。
すごーく塩辛い味付けにして出したら、
何も言われなくなったとのこと。
そういうちょっとやり返しちゃうかわいらしさが、
愛されるところなんだなあ。
ペロッと舌を出すおさともさんが目に浮かぶ。

その後も家族のケアや
ママ友との人間関係に疲れた彼女。
「明るい職場に憧れがあったんです。(笑)
好きなことを仕事にしてみたいと思い立ち、
インテリアのかわいいカフェで働き始めました。」
環境を変えて新たな一歩を踏み出した矢先、
無情にもコロナがやってきた。

緊急事態宣言により仕事が休業になった頃、
友達に手作りの布マスクをプレゼントした。
喜んでもらえたことがきっかけで、
人生が動き始める。

後編に続く。

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