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縁側住人2人目「軸のある人」後編 ~ こぎん刺しpetit(プチプラス)/とも・おさともさん ~

このインタビュー記事は、
人と人とをつなぐ文筆家、二足のわらじに挑戦中の
“アスノコトノハ”が、
Voicyパーソナリティー 小川奈緒さんの元に集う
魅力的な皆さん(縁側の皆さん)の一ファン
として、書いています。
 
縁側の皆さんの魅力が少しでも伝わり、
お互いのファンになれたら、
誰かの新たな一歩を応援できたら
そんな願いを込めてお届けします。
 
記事を読んでの感想、リクエストなど
ぜひどしどしお寄せください。
私も取材して欲しい。
あの人のことが知りたいという
リクエストにお答えしながら、
縁側の活動がもっと魅力的になればと
願っています。
 
        アスノコトノハ
 

本当は勝ち気で「自分」がある。
でも育ちの中で「我慢」が
通常仕様になったおさともさん。

コロナ禍に手作りマスクを作り、
喜ばれたことで人生が動き始めた。
(前編はこちら →
 縁側住人2人目「軸のある人」前編 こぎん刺しpetit(プチプラス)/とも・おさともさん |アスノコトノハ (note.com)

「ふと、自分はハンドメイドが
好きだったことを思い出しました。
手作りをする祖母や母の姿が好きで、
作ってもらえる嬉しさがよみがえりました。
自分も子どもの頃のフエルト人形作りから、
編み物や洋裁、パッチワーク、刺繍などを
楽しんできたなあと。」

手仕事の楽しさを思い出した彼女は、
インスタで見てからずっとやってみたかった
「こぎん刺し」にここで初挑戦することになる。
キットからはじめ、
本を買って作品作りがスタートした。
完成作品をインスタグラムに投稿し、
友達にプレゼント。
喜んでもらえる感動を味わうことで、
作品作りに没頭し始めた。

こぎん刺しにハマった理由がもう一つある。
「保育園からマイペースな息子。
中学生になっても、型にハマらず自由人。
先生に注意を受けても
宿題やテスト勉強もしないのを見ると、
私のイライラは募るばかり。
自分のホルモンバランスも乱れ、
感情が抑えられなくなっていました。」

もんもんと考えていたところに
小川奈緒さんのVoicyにも出会う。
「子育てでイライラして怒っても、
しょうがない。」
「褒めて育てる事が出来ない人もいます。」
と、はっきり言われて救われた。
そして、染み付いている“普通” である事を
自分にも、家族にも求めていることにも気づく。

その後作品を「売ったらいいのに」と
言われたこと。
ネットで出品されているのを見て、
私も出来るんじゃないかと思うようになったこと。
求人を見ていてもピンとくる仕事がなかったこと。
家族のお世話で
時間の自由がそれほど無かったこと。
奈緒さんの放送に多くの刺激をもらい、
「家にいながらやれる事をやってみよう。
仕事にしよう。」と心を決めた。

好きな音楽やラジオを聴きながら、
無心でチクチク刺す。
瞑想のように心が整い、
刺した模様がキレイに浮かび上がってくる。

息子を何とかしなきゃという
責任感に囚われていたけど、
言っても変わらないものは変わらない。
息子の人生は息子の人生。
私は私の人生を楽しもう。
こぎん刺しを通して彼女は変わっていった。

こぎん刺しをする時間、
作品を楽しみにくださる人の存在は、
自己肯定感を回復させた。
子育てで凹んでいた心がだんだん膨らみ、
自分の役割が見つかった気がした。
現実は変わらず色々あるけど、
今出来る事を淡々としよう、そう思えた。

その頃話題になっていた本
「嫌われる勇気」にも出会う。

「『自分はみんなに好かれるように生きていた』
“課題の分離”が出来てなかったことに気づく。
繊細さん(HSP) や月星座を勉強し、
自分には共感力や同情にひっぱられる性質が
あることが分かる。
他人のせいにしていたけど、
結局は自分に原因がある。
自分軸で生きたい!と強く思った。
我慢をためすぎ、大爆発か逃げるか。
そんな自分を変えたくて、必死だった。」

おさともさんの話を聞きながら、
気になって、こぎん刺しのルーツを調べた。
江戸時代、津軽の農民たちは、
麻の着物しか着ることが許されなかった。
厳しく長い冬を少しでも温かく
快適にやり過ごすための保湿と補強の知恵として
発達したのが “津軽こぎん刺し”だ。
『名も無い津軽の女達よ、
 良く是程のものを遺してくれた。
 麻と木綿とは絹の使用を禁じられた
 土地の布であった。
 だが、虐げられた禁制のなかで
 是程の美しいものを産んでくれた』
“民藝運動の父”と呼ばれた柳宗悦は、
自著でこぎん刺しをこう絶賛した。
冬の間、厳しい生活を強いられたなかでこそ
生まれた美しい刺し子。

こぎん刺しに出逢ったおさともさんは、
逃げたり爆発せずに自分に向き合った。
本を読み、こぎん刺しで心を整えた。
言葉を紡ぐことは得意ではないから、
言葉の代わりにこぎん刺しをする。
涙や悲しみを癒やすため、
一針一針に思いを込める。
苦しさ、やるせなさ、つらさは、
作品に溶け、優しさに変わる。
こぎん刺しの絵柄は、
我慢を超えた先に広がる優しさの花を咲かせた。
だからこそ、人はその柄に息を呑み、
見とれ、感動する。
彼女の人生を知らなくても、
すべてを映す鏡のようにそこにある。
だから彼女の作品は決して雑には扱えないのだ。
じっくりと見てその一針に
思いを寄せてしまうのだ。
あなたの思いを大切にして、
大事にしていきますねと
思わずにはいられないのだ。
ここに書くまでの物語を
受け取った私たちは知らない。
でもその物語があなたには伝わってしまうだろう。

地味に生きてきた私が
インタビューを受けるなんて、
何だか不思議な気持ちだと言う彼女。
地味に見えるのは表面だ。
心の中は大荒れで嵐が吹きあれる。
嵐の中でも自分の弱さとずっと戦ってきた。

歴史を聞いていく中で
「自分の弱かった時のことを吐き出した。」
と言ってくれた。
『弱かった時』 今はそうは思っていない。
「でも振り返れば、子供のころから、
 あきらめずに自分の出来ることを
 その時その時やってきた。
 その事が今の自分を作ってきたと思う。
 それでもうまくいかなくて、
 そんな自分がイヤで
 自分を変えようと必死に動いた。
 『よく頑張った』と自分を褒めてあげたい。」

これからの夢は、
家族との時間も大切にしつつ、
自分のやりたい事をする。行きたい所へ行く。
こぎん刺しもコツコツ続けていきたいと
言ってくれた。

今おさともさんから感じるのは
「自分を知りたい。自分は何を大事にし、
どう生きていったらいいのか。」
知りたいと言う気持ち。

これからもおさともさんは、
手を動かし、心を動かし続けるだろう。
おさともさんの自分を探す旅は
まだまだ続きそうだ。

私はインタビューをすること、記事を書くことは、
インタビューを受けてくれた人の
リスタートの線を引くことだと思っていた。

ここまでの人生を振り返り、
また未来へ向かって走り出すための
新たなスタートラインを引くことだと。
インタビューを受けた人の
線を引くのだと思い込んでいた。

違った。私もなのだ。

インタビューした私自身も
新たなスタートラインを引くのだった。
おさともさんとの出会いによって、
私はまた新しい私になった。
知ったような気になっている自分のことも、
周りにいてくれる人のことも
ちゃんと理解したい。
おさともさんとの出会いで、
私自身も「これからの私」が楽しみになった。

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