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当たり障り

その美容室に通って、約1年半になる。

2か月に1回ほどのペース。

行くたびに、もうこれでやめよう、と思う。

次はない、はず。

私は、その美容師さんが嫌いなのだ。


2席だけの小さな美容室だ。

40を少し過ぎたくらいの男性が一人でやっている。

コロナ禍となって、前の美容室の感染対策に疑問を持った私は、灯台下暗しのように地元のその美容室の扉を開けた。

2席あるけれど、これまでほかのお客様とかち合ったことはない。

おそらく、時間帯ごとに1人しか予約を取っていないのだろう。

そこが安心といえば安心。


でも、私はその主(あるじ)と相性が悪い。

最初のときから、価値観がことごとく違っていて、えっ?と思うことしきり。

感染対策をしているが、コロナに対しては非常に楽観的で、去年の春からずっと緊急事態宣言の効果を否定していた。

医療崩壊しているときでさえ、経済重視の話をする。

今回の選挙に関しても、私とは正反対の考えを持っていた。

政治と宗教とプロ野球の話はするなという教訓めいたものもあるが、この主はそんなことはおかまいなしに、私に話題を振ってくる。

私も素直に答える。彼も正直に反論する。

議論という雰囲気ではないが、世間話のように重たい話題の会話が止まらない。


そもそもの価値観が違っているので、ずっと平行線のままだ。

説得しようとは思っていないが、どこか少しでも共感できるところを見つけたい。「ですよねー」とか言いたいじゃないか。

だが見つからないまま、髪は仕上がる。


しゃべっているけど、プロだからもちろん手は止まらない。

そして、私がこれまで出会った中で、もっとも腕がいいと思われるのだ。

一人でやっているから、シャンプーやドライヤーをアシストする人はいない。

毎日毎日、お客様の最初から最後までを対応するせいなのか、まさに痒いところに手が届く施術なのである。

カットも、非常にうまい。

パーマをかけなくても、私が求める髪の流れをカットで作ってくれる。

希望通りにならないことを、髪の癖のせいにとかしない。

そして、毎回シャンプーの香りを褒めるのだが、一度たりとも販売の話にもっていかない。


それで、また行ってしまう。

そして、正反対の価値観をぶつける会話をして、胸の中で「チッ!」と思い、こんなやつとはつきあえないわ!と再確認する。

でも、結局行くのだ。


「話は合うが腕はイマイチの美容師さん」と「話は合わないが腕は抜群の美容師さん」といたら、そりゃあ後者になる。

「見た目や人当たりはいいが、仕事のできない人」とその逆の人なら、お金を支払う以上、仕事の出来に重きをおくのは当然。

まあ、両方がいいのが一番だということはわかっているけれど。


「苦手」と「嫌い」は違う。

しかし、「嫌い」と言うと言葉が強すぎる気がして「苦手」と言い換えたことはある。「嫌い」より少し弱いのが「苦手」という感覚もないではない。

でも、それだけではないような気がしている。

この美容師さんは、好きか嫌いかに分けたら、間違いなく嫌いのほうだと思う。

でも苦手ではない。

だからたぶん、また行く。

そして、チッ!と思いながら、仕上がりには満足して笑って去るのだろう。


いや、その腕だけじゃなく、もしかしたら私は、「大人の対応」とされる「当たり障りのない」ということに倦んでいるのかもしれない。

議論でも、ましてや言い争いでもない、この見事な違いの表明と、それを臆せず話し合える関係に、逆に胸のすくような思いをしているのかもしれない。

ただ慣れたというだけではないような気もしている。

読んでいただきありがとうございますm(__)m