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#4 平野啓一郎さん『本心』

1. 新作『本心』

今回は本のレビューを書きます。平野啓一郎さんの新作『本心』を読みました。

私は好きな作家の本はすべて読んでしまうというタイプで、平野啓一郎さんもその一人です。ただ、平野さんの本は難解で奥が深くて、なかなか「一気」には読めなくて。たいてい、何日も、時には何週間もかけてようやく読破ということになります。

すごく感動して誰かに勧めても、「最後まで読めなかった…」と言われることも多いです。

けれど、この『本心』は、多くの方がレビューで書いている通り、一気に読めます!読んでしまいます。内容はいつも通り、いや、いつも以上に深いのですが。

私は文字通り、寝る間を惜しんで読んでしまいました。心に残る箇所は人によって違うと思うのですが、私の心に響いたエピソードなどをネタバレしない程度に書いていきます。

2.   ありそうな近未来

この小説の舞台は2040年ごろの日本です。現代ではまだ使われていない技術を使って生活していたり、社会情勢が変化していたりする様子が描かれていて、これが本当に面白い。SF小説といってもいいのだけれど、でも近未来なので、20年後は現実になっていそうなことばかりなんです。

100年後の話だったら、どんなに面白い設定でも恐ろしい設定でもどこか他人事として読めるのですが、20年後って、私はたぶんまだ生きていて、でも社会の中枢を担う世代ではなくて、もしかしたら社会のお荷物的な存在になっている可能性もあって。

そう、ちょうど主人公(朔也)の母親が、私たちと同世代(ロスジェネ世代)なのです。だからとても考えさせられます。

技術だけではなく、日本や世界の情勢も変わっていて、でもそれは十分なリアリティを持つ設定ばかりです。現代の私たちが「真剣に考えなければ」といいながら先送りしている社会問題が表層化してしまっています。

朔也たち、つまり私たちの息子世代は、「この時代のこの国に生まれて良かった」とは思えていないという設定です。心がひやっとします。

3. 「優しい人」

この本の帯に「愛する人の本心を…」と書かれていて、それは朔也にとっての母の本心、のことなのかなと思います。

でも私は、母とのエピソードよりも、途中から登場してくる三好、イフィーとのエピソードが好きでした。平野さん風に言うと、三好、イフィーと話しているときの朔也の「分人」が好きです。

特に第十二章の朔也の心の揺れ動き、言動、このあたりには本当に感動しました。人を好きになる、大切にするってどういうことかなと考え直しました。

私自身、今までに「この人(異性)が好き」と思う経験は何度かしてきましたが、単に自分が好きになって、自分のことも愛してほしい、自分のことも認めてほしい、そればかりで。好きな人の人生を心から大切にしたい、たとえ自分と一緒でなくても幸せに過ごしてほしいとはなかなか思えなかったのです。

私が朔也の立場だったら、第十二章では嫌な自分を炸裂させていたと思います。何度か出てきましたが朔也は「優しい」人です。

本当に優しい人というのは、私とは発想の根本が違うような気がします。私は、実際の生活+小説を通じてそのことを学んできました。だから優しい人ではないけれど、優しくありたいとはいつも思っています(この発想がそもそも…)。あ、登場人物の藤原も、そのようなことを言ってましたね。

4. 大切な人の他者性

けっきょく朔也は自分の知らない母の秘密をいくつか知ります。しかしもちろん、亡くなってしまった母について、まだまだ知らないこと、知り得ないこともあるわけです。

私は35歳で結婚して、36歳で長男、38歳で次男を産みました。もちろん夫とは、まだお互いについて知らないことだらけです。そして今のところ、息子たちの人生についてほぼすべてを私は知っていますが、これから「私の知らない息子たちの一面」が多くなっていくでしょう。

そして、私が80歳くらいまで生きていたとしても、私の人生の半分近くを夫や息子たちは知らないのです。何か聞かれたらいろいろ教えるかもしれませんが、でも、一生話さないこともたくさんあると思います。

それでも、夫や息子たちが私にとって最愛の人々であることに変わりはありません。「最愛の他者」です。

最愛の人のすべてを理解することが愛なのではなくて、他者性を理解することが愛なのだと。そんなことを忘れずにいようと思います。

5. 平野啓一郎さんについて

『本心』について書いてみましたが、私は平野さんがデビューした当時からのファンです!

デビュー作は芥川賞を受賞された、『日蝕』。

当時私は高校生(かなりの文学少女)で、いろいろと小難しい本も読んでいたし、自分でも何か書いていたような気がします(恥)。そんなとき大学生だった平野さんがこんなに難解かつロマンチックな小説を書かれたことを知って驚愕し、とても憧れたのを覚えています。

こんなに若くて天才みたいな方は、もうあまり小説を書いてくれなくなるんじゃないかしら、となんとなく不安になっていたのですが、その後も次々と出版され、それがどれも素晴らしかったのです!!

今でも一番好きかもしれないのが『一月物語』(上の文庫に入ってます)と『葬送』。

初期のロマネスク三部作?でファンになりましたが、現代社会に生きる人間の心の奥を扱った最近の作品も、考えさせられることが多くて好きです。

平野さんの小説を読むと、いつも執筆前、執筆中に様々なことを綿密にリサーチされているのだろうなということを感じます。もちろん言葉の選び方にも細心の注意を払っていらっしゃるし。

そして、奥深いテーマばかり扱っているのに、登場人物はいつも人間らしくて、温かくて、そういえば「こいつ嫌い」と思うような人物があまり出てこないような気がします。

なんかもう、最後、「素晴らしい」「好き」しか書いていないのですが。(平野さんの本のレビューなだけに、自分の語彙力、文章力が本当に恥ずかしくなります。。。日本語もブラッシュアップしなくては。)

このような作家さんと、同じ国、同じ時代に生きていることを心から嬉しく思っています。

今の状況が落ち着いたら、またサイン会行きたいです(一度大阪でサインしていただきましたが、今見るとかなり昔でした)。神戸に来てください!!


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