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【ネタバレあり感想】エヴァという福音

シン・エヴァンゲリオン劇場版を初日と2日後に鑑賞してきた。以下はネタバレを含む感想なので、未見の方は読まないようにご注意願いたい。









エヴァは庵野秀明監督の世界を描く文学作品だと思ってきたわたしには、大変納得のいく最終章だった。この作品が生まれてから完結する時代に一緒に大人になり人生を歩めた、その福音に感謝しかない。

Qの時に「エヴァの呪縛」という言葉が登場するが、これはおそらく作者の庵野秀明監督にも、エヴァンゲリオンのファンにもあった呪いを総称しているのだろう。シン・エヴァの完成と鑑賞は、この呪いを解くための儀式的一面があるものだという点は疑いようがない。

その儀式は大変に美しく、ひたむきで、前向きで、優しかった。EOEのときの荒々しい叫びも素晴らしく大好きだったが、シン・エヴァが世の中に出てEOEの存在もより輝く、そんな気がした。

本質はおそらくEOEと大きく変わらないだろうと思う。しかしシン・エヴァには今までの時間で庵野秀明監督が経験し重ねてきた人間の生が新たに刻み込まれている。全力でぶつかって壊れ一歩も動けなくなった自分と、周りでそれを待っていてくれた仲間、そしてモヨコ夫人の存在が大きく影響する。だからそれは、美しくひたむきで前向きで優しくなければならなかった。

真心を君に、愛を言葉にして発信した。

言葉にして伝え、人と触れ合って、世界はより広く優しくなる。自分や世界が嫌いな人間ほどコミュニケーションを避けるが、避けずに向き合うほどに自分と世界と日々を愛するヒントが得られるというジレンマ。その先に一歩踏み出し、より多くの人により優しい世界が見える未来であってほしいという願いの結晶のように思える。

大きな喪失から失語症となったシンジを暖かく迎え、再会を喜ぶ第三村の旧友トウジとヒカリ、ケンスケ。苛立ちながらもシンジを友のそばまで導き、監視命令の名目の元にシンジの変化を見守るアスカ。日々を生きる善良な人々とのふれあいで、幸せと居場所そして自分自身の心を発見するアヤナミ。そして、旧友たちとともに、そのアヤナミもただ黙ってシンジを暖かく見守る。第三村でのシンジの復活までが長いと思う人も多いだろうが、本当に鬱病を経験した人にしかわからない、あれは人として現世に戻ってくるために必要な大切な時間なのだ。経験者にしか描けない復活劇だったろう。

『君はイマジナリーの中でなく、すでにリアリティーの中で立ち直っていたんだったね』とカヲルがシンジに言うが、これはシンジが逃げずに現実と向き合った結果だろう。アスカがなぜシンジを殴りたかったのか、シンジ自身が逃げていた自分を受け入れ理解した。やることなすこと裏目に出て辛くても、それが今の自分の人生だと飲み込んだ。受け入れなければ、幸せへの一歩を踏み出すことができない。
立ち直ってからのシンジは、他者の心を見ようとし、他者に愛を持って接することができる。嫌われているかも知れない、自分も嫌いなのかも知れない相手に対してもだ。カヲルの愛がエロスだったことに対し、シンジの愛はアガペーとなった。そして、シンジはアガペーを通して世界を見ることで、周囲の人々それぞれの救いを見出す。

劇中ゲンドウが『葛城くんには世界のカタチが、赤木くんには幸せのカタチが見えていない』と言い放つシーンがあるが、当のゲンドウには「愛のカタチ」が見えていなかったのではないだろうか。それはまさしく以前の庵野秀明監督自身を赤裸々に表していて、以下続くマイナス宇宙でのゲンドウの姿は痛ましくさえ見える。自分と事実に向き合い愛を持ったシンジに対し、向き合わずにただ小器用に生きてきたゲンドウは、自ら求めるものには決してたどり着けないのだ。ようやく「愛のカタチ」が見えるようになったゲンドウが、そこにユイを見つけることができた。彼に「愛のカタチ」が見えていたら、全人類を巻き込んで世界を破壊するほどのはた迷惑な回り道をしないで済んだわけだ。

新世紀エヴァンゲリオンは、そのTV放送版からずっと「父殺しの神話」が軸となって物語が紡がれてきた。今回の劇場版で、それは大変わかりやすく、そして優しく、愛をもって完遂されたと感じる。

It's only love. アガペーとともに、エヴァに乗らなくていい世界が構築された。渚司令が選んだひとりの人間、碇シンジと彼を取り巻く人々の物語は、庵野秀明監督の願いを結晶化してここに完結した。そして物語の先には、リアリティーの中にそれぞれの人生が続いている。

劇中飛ばされた14年間のことや、アニメーションや演出そのもの、音楽、震災後文学としてのシン・、そして笑いどころ……語りたいことは枚挙にいとまがないが、それはまた別の機会に。今はただ、25年続いたエヴァンゲリオンという大作の完結を噛み締め、祝福したい。

すべてのチルドレンに祝福を。

2021年3月10日

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