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ABC-MARTアルバイト初日

降り立ったことがない銀座の地。
八百屋のようなべらぼう口調の呼びかけをするABC-MARTはそこになかった。巨大なビルのきれいな店舗。


さすが銀座。
場違いな気がしてならなかった。

ひとつ年上の男の子と一緒に初日を迎えた。


その当時のABC-MARTの制服・青色のポロシャツに着替え、アメリカサイズ・ヨーロッパサイズの見方や在庫の位置、フィッテイングを一通り教えていただいた。

お客様にどう声をかけていいかわからないし、いきなり革か合皮か質問されてもわからないし、ひきつった笑顔でドギマギしていた。

そんな中、60代くらい細身のサラリーマンに声をかけられた。
ビジネスシューズを指さされ、ご自身のサイズはもうわかっているようだった。寡黙な方で足を入れて感触を確かめている間、全然言葉を発さなかった。私が介入することなくすぐお買い上げいただいた。


ショップバックを渡し
深々頭を下げる。


『ありがとうございました・・・』

ごめんなさいという気持ちが乗った言葉だった。
きっと新人だと思われていただろう。
本当にあのサイズで大丈夫だっただろうか。クレームにならないかな。

初めてのお客様で売れて嬉しいなんて1ミリも思わなかった。不安と不甲斐なさに押しつぶされそうだった。


目に溜まりそうな涙を見られたくなくて、必死で隠して在庫を戻しに走った。

辞めたいという
【自分の本当の気持ち】と
【お客様に不快な思いをさせたくない】という真面目な性格がぐちゃぐちゃに混じっていた。


辞めたいけど適当に手を抜くことが出来ず、接客に入れば在庫を取りに3階まで階段を一気に駆け上がり、笑顔で走ってお客様の元に戻ってくる。
体育会系の明るい女の子が入ってきた。スタッフからは戦力としてすでに気に入られてしまっていた。

《やっぱり合わなかったです。辞退します。》


帰る前に言おうと思っていたのに、店長からかけられた言葉に私はさらに苦しむことになる。

『銀座店の月間個人売上上位に入ること。2か月後にそれを踏まえ社員にするかバイトで留まるか判断する』

笑顔なんだけど笑っていない店長の目。辞める選択肢を与えられなかったのだ。

帰宅して、玄関で靴を履いたまま崩れ落ち、大泣きしたのを覚えている。
辞めたいのに言えなかった。
辞めたいのにみんなが優しく教えてくれる。
辞めたいのに・・・
心配して駆け寄ってきた母に、今日殺してきた自分の気持ちをぶちまけた。

『他にも会社があるんだから。明日言えばいいよ』
そうだ、面と向かって言えないなら明日電話で辞退を伝えよう。
1日気を使い、1日走り回って疲れた心と体。明日には解放されたい気持ちだった。

翌朝、電話を手にする。
・・・がどうしてもかけられない。

この電話をかけ終わったら・・・
昨日親切に教えてくれたスタッフはどう思うだろうか。
在庫場所がわからず、ブツブツ独り言を言いながら探しまわる私に、毎回自分の接客を差し置いて後を追いかけて来てここだよって教えてくれたあのスタッフはどんな顔をするんだろうか。


【辞めたい】のではなく、辞めると言ったあとの【周りの人の気持ち】に罪悪感がわいてしまっていた。どうしようどうしようと思っているうちに《あと5分で家を出ないと遅刻になる》という違う感情が出てきた。

何やってんだろう。
気が付いたら銀座行きの電車に乗っていた。

店に着く。
重い鉄のドアを開ける。


『おはようございま~す!!』

体育会系の明るい女の子のご出勤だ。
もう後には戻れないんだ。
腹をくくった瞬間だった。
やれるところまでやってみよう。

これが私のABC-MART入社の第一章なのである。

続く
【次回 入店したお客様に警戒心や不快感を与えないで接客に入る極意】
↑現役靴屋スタッフは絶対知りたいはず!

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