ラストダンスの機会を寄越せ 弓兵は勇者を止めたかった

私が貴方と出会ったのは、私の故郷があった場所でしたね。

灰塵に消え行く森と、崩れ行く宮殿。

私の目の前で犯され殺されて行く私の家族。

そんな時に、貴方が来てくれたんです。


私はエルフで、今は亡き国の王女でした。

私たちエルフは森で生まれ、森で育ち、森で死んで行く。

そんな生き物でした。


私は、森の外を見てみたかった。

王族として生まれ、森の外を見れず、王位継承権は最下位で、外交の場は生まれ育った宮殿だけだった。

だからこそ、森の外を見てみたかった。

宮殿の自分の部屋から、望遠鏡で外を覗くのが私の趣味だった。

外の往来を行き交う人々は、様々な種族がいて、皆楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうにしていました。

小さな頃は、何でその中に私が居ないんだろうって思っては泣いていました。

でもあなたが来てくれたあの日、私はその理由に気づいたんです。

私たち王族は、あの「化け物」からみんなを守っていたんです。


貴方が私の家族を殺した魔族を切り捨て、貴方の仲間の人たちが駆け付けた瞬間、大きな地震が起こりました。

貴方は走れない私を抱えて走ってくれましたね。

男の人に抱えられたことのない私はそれでドキドキしてしまいました。

そして宮殿の外に出た時に、宮殿が浮かび上がりました。

いいえ、浮かび上がったのではなく、持ち上がったんです。

大きな虫の頭の上にあった宮殿が。

「なんなんだあいつは…」

誰かの呟きが、響き渡るほどに、静かでした。

虫はまるで、バッタのような形をしていながら、体のほとんどが鋼鉄で出来ていました。

虫は体のいたるところから管のようなものを出すと、この国の中心にあった、この世界の始まりからあったと言われていた大樹を、一分もかけずに食べきってしまったんです。

誰もが、この国を襲っていたはずの魔族ですら、唖然としてそれを見ていました。

それと、虫は雑食だったんでしょうね。

管はすぐに、私たちやこの国の人々、魔族へと向けられました。

虫は生き物を捕まえると、すぐに体を圧し折って殺して、食べていました。

私はそれを、ただ眺めていることしかできませんでした。

何もかもが、まるで作り物みたいで、父さんや母さん、兄さんや姉さんたちが殺されたことも、この国が今も滅びようとしていることも、私たちの足元にあんな化け物が眠っていたことも、何もかもが質の悪い喜劇みたいで。

「アハハ…」

私は乾いた笑い声さえ出していました。

「皆、その子を頼む」

「ジャック…行くのね?」

「ああ、繝溘Λ。可能な限り俺に強化の魔法をかけてくれ」

「私も、忘れては困りますね」

「クライトさんも、一緒に」

「わかりましたよ」

「あの人」と、男の魔法使いの人が貴方に強化魔法をかけ始めました。

「無事ですか!?」

「あなたは…?」

「私はヨランダ。勇者様の仲間の神官です」

ヨランダさんが私に回復魔法をかけ始めると、貴方は虫に挑みかかりました。

管を一本でも多く切り落とそうと、一人でも多くの命を救おうと。

管を切り落とし、魔法で、聖剣で虫を倒そうとしました。

ですが、管は切り落とせても、虫には悲しい位に傷を与えられませんでした。

後に、復興のために瓦礫を撤去した際に、父さんの、代々王に受け継がれていた古文書が、奇跡的に見つかり、そこにあの化け物の正体が書かれていました。

最初の魔王が異世界より呼び出した化け物、己の征服欲を満たすために世界に戦争を仕掛けた魔王が、当時の勇者様と殺し合いをしている最中に召喚しようとし、召喚の座標がずれ、私たちの国へと召喚されてしまった異界の、「国土侵略型絶滅兵器」と魔王が呼んだ、その世界の人々が生み出した生き物、この世界の理の外にいる命、当時の王族が命がけで地下へと封じた怪物。

だからこそ、貴方の聖剣が効かなかったんですね。

貴方の聖剣は魔族を、魔物を、この世界の闇を打ち払うための光。

だからこそ普通の動物や人などの種族、この世界のものじゃない存在には、ただの切れ味が凄まじいだけの剣でしかない。

気が付けば、私の周りには結界が張られ、ヨランダさんもいなかった。

貴方の仲間は一緒に、貴方と戦っていた。

多分、そこまで戦闘が得意じゃないはずのヨランダさんまで。

私は、ただ一人そこに座っていた。

「私は…」

その時、何かが私に飛んできた。

私はそれを掴み、あることに気が付いた。

「母さんの弓…」

それは、大樹の枝より作られ、王族や上位の貴族にしか与えられない宝弓・ファーレンハイト。

この国随一の弓の使い手だった母さんに、父さんが作った弓だった。

まるで、諦めるなというような、タイミングでした。

「そうだ…私はまだ…戦える…!まだあそこに…!諦めないで戦っている人たちがいる!」

私は走り出し、結界の外に飛び出した。

私に気づいたのか、すべての管が一斉に私へと殺到し始めた。

私の中の王族の血に気づいたのか、はたまた己を再び封印するかもしれないと思ったのかはわかりません。

「風よ!」

私は落ちていた矢を拾い、風の魔法と共に撃ちだす。

矢と共に発生した鎌鼬が管を切り落とす。

「あの虫の…弱点は!」

目すら鋼鉄で出来上がっていた虫でも、私にはあれから、命を、魂を感じた。

なら、確実にどこかに弱い部分があるはずです。

そして私は見つけました。

虫の顎と顎の奥、侵入者を破壊する刃の奥に赤く光る心臓を。

私はそれを射抜こうとしました。

ですが、私の矢と魔法では、刃を越え心臓を射抜くことができませんでした。

貴方は、それで私が何を狙ったか、何をしようとしたのか気づいてくれましたね。

「君の力を貸してくれ。これを…聖剣を矢にして撃とう」

貴方は聖剣を、貸してくれました。

ですが聖剣は貴方のもの、私には持てませんでした。

「なら、こうしてみよう」

貴方は聖剣を持つと、私の手を貴方の手に重ねました。

「これなら、いけるはずだ」

「…はい!」

私は弓を引きました。

虫の正面、崩れかけた尖塔の頂上、貴方の仲間が管から、虫の吐く毒液から私たちを守ってくれた。

「父さん…母さん…兄さん…姉さん…私に力を貸して…!『飛べ、全てを貫く狩人の矢よ!其方はありとあらゆる城壁を打ち破り敵の心臓を射抜くだろう!キングスレイ・ジャッジメント!』」

そして、私は矢を放った。

矢は、聖剣は音をも置き去りにし、飛んだ。

虫は口を閉じ、聖剣の侵入を拒もうとした。

「ごめん。行ってくる!」

貴方は私のそばから離れ、聖剣の元へと走り、跳んだ。

そして聖剣の元へと着くと、貴方は聖剣の柄を何度も殴った。

虫の顎に、徐々に罅が入ってゆく。

「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!」

そして、虫の顎が砕かれ、刃を越え、心臓を貫いた。



そして気が付けば、私はテントの中で寝ていました。

あの虫を倒した後、緊張の糸が切れて、気絶してしまったらしいです。

外に出ると、そこは森の外でした。

出たいと願った森の外、森を見ると、燃え尽きた森と、魔族が撒いた毒で腐り果てた台地。

「みんな…みんな…!」

私が初めて見た、森の外の光景、それは涙で滲んだ、滅びた故郷でした。


その後貴方は私の前まで来て、頭を下げてくれました。

「君の家族を助けられなくてごめん」と。

ですが、あれはどうしようもありませんでした。

突然、転移魔法で国のありとあらゆるところに現れ、破壊の限りを尽くしたのです。

予兆もなく、だからこそ誰も気づきようがなかった。

「それより…私を…貴方の仲間にしてください」

敵討ちの意味もありました、これ以上私のような人を増やしたくないという意味も。

ですが、私を助けてくれた貴方を助けたいという意味もありました。

そして、私と貴方たちとの旅が始まりました。

気が付けば、私は貴方に惹かれていった。

でも、貴方と結ばれることがないということは、わかり切っていました。

貴方は「あの人」しか見ていませんでしたし、「あの人」も貴方に恋い焦がれていた。

だからあの日、「あの人」が消えた日、私の中に生まれた暗い欲望を、私は無理やりねじ伏せた。

『あの人がいなくなったなら、貴方は私を見てくれる』なんていう、浅ましい女の欲望を。


貴方はどんどん変わってしまった。

優しい貴方は消えてしまった。

そこにいたのは憎しみと、合理的に、己の敵を殺し続ける復讐者だった。

戦うたびに心をすり減らし、夜を越えるたびに纏う血の匂いと、死者たちからの憎悪を深め、前へ前へと進み続ける哀しい人。

ある夜、私は貴方を止めようとしました。

見たんです。

その夜の前の日、月もない夜に、転移魔法でどこかに消えた貴方が、戻ってきたら血に塗れ戻ってきたのを。

だから、私は貴方を止めたかった。

多分行き先は彼らの、魔族の国。

そこで貴方は毎夜毎夜、魔族を殺してきている。

それが何のためかはわかりません。

戦いを楽にするため?復讐のため?それとも己の快楽のため?

けれども私に貴方を止めることはできませんでした。

「黙ってろ」

その一言と、睡眠の魔法の呪文で、貴方は消えてゆく。


私は、貴方を止めたかった。

外道へと変り果てる貴方を、世界の敵へと変わり続ける貴方を、私たちが愛した、優しいジャックを。

女神を憎悪し、魔族を呪い、私たちを滅ぼさんと願い続ける大切な人を。

止めたかったんです。