空塔に籠りし者・空想に囚われた者
事件が発生した。
犯人はスカイツリー展望台に立てこもり、要求はなし、人質も無し。
逃げ出した客の証言から、犯人は老人だということだけが、わかっていた。
「進め進めぇい!時よ!もっともっと早く!進めぇい!」
老人がバッ!バッ!と両腕を上げては下げ、上げては下げを繰り返し、展望台から外を眺めていた。
老人は身なりがよく、チョッキに紐ネクタイと、紳士のような身なりで、とても立てこもりをするような人間には見えなかった。
その時、展望台へ繋がる4基のエレベータの内の一機が動き出した。
老人は一連の動作と掛け声を止め、エレベータをじろりと睨みつけた。
そしてエレベーターが開き、そこに一つに人影が現れた。
「どうも、私は対異能鎮圧機、アルファ・ワンで」
「カーッ!」
老人の正拳突きが、人影に突き刺さる!
「ガガピーッ!」
人影は電子音の悲鳴をまき散らし、錆びた金属の塊となり果てた。
「黙っとれい!絡繰り人形風情が!」
老人は、エレベーターのボタンを押し、スクラップを地上に送り返した。
「くっくく…!フハハハハハハ!この能力!私は無敵よーっ!ウワーッハハハハハ!」
老人は呵呵大笑し、再び展望台から外を見た。
人には昔から、不思議な力が備わっていることを、人々は薄々感じていた。
例えば、夢。
貴方が何か夢を見たとしよう。
荒唐無稽な夢でもいい、正夢でもいい。
それは、貴方が別の世界で経験したことを、夢を通じて見ているのだ。
それは、未来を夢という形で予知しているのだ。
人々は、昔から、不思議な力を持っているのだ。
大抵の人は、夢で別の世界を、未来を垣間見るだけしかできない。
しかし、極稀に、とても強い力を持って生まれる者もいるのだ。
この、老人のように。
己の望んだ力を得ることができてしまったものが。
再び、エレベーターが動いた。
エレベーターが開き、そこに一つの人影が現れた
「どうも、私は対異能鎮圧機、アルファ・ツーです」
「カーッ!」
老人の正拳突きが、人影を狙う!
人影は跳ねた!
「立てこもり犯の方。貴方を」
「しゃらくさいわぁっ!」
老人のアッパーが、人影に突き刺さる!
「ガガピーッ!」
人影は電子音の悲鳴をまき散らし、錆びた金属の塊となり果てた。
「まだわからんか絡繰り人形!私は神だ!」
老人は、エレベーターのボタンを押し、地上へと送り付けた。
また、老人は儀式めいた動きを開始した。
三度、エレベーターが動いた。
エレベーターが開き、そこに人影が現れた。
「どうも、私は対異能鎮圧機、アルファ・スリーです」
「カーッ!」
老人の正拳突きが、人影を狙う!
人影は跳ねた!
「立てこもり犯の方、貴方を拘束させていただきます」
「しゃらくさいわぁっ!」
老人のアッパーが、人影を狙う!
人影は、エレベーターの壁を蹴り、展望台にエントリーした!
「貴方の力はまだ分析中ですが」
「隙あり!」
老人の手刀が、人影の首を切り裂いた!
「ガガピーッ!」
人影の切断された首から、オイルが噴水のごとく噴出した!
「ゴミが!ここで朽ちてゆくがいい!」
老人は、人影に両手で触れ、錆びさせてゆき、朽ちさせ、塵へと変えた。
老人は、三度ロボットを運んできたエレベータを破壊した。
その時、別のエレベーターが動き出した!
それは!今までのエレベーターよりも早く!何者かを運んできた!
「どうも、私は対異能鎮圧兵器・ベータです」
人影は、今までの人影よりもスリムで、だが、今まで以上に、力強い光沢を放っていた。
「カーッ!」
老人の正拳突きが、人影を狙う!
人影は跳ねた!
「立てこもり犯の方、貴方を殺害させていただきます」
「しゃらくさいわぁっ!」
老人のアッパーが、人影を狙う!
人影は、エレベーターの壁を蹴り、展望台にエントリーした!
「貴方の力はもう解析完了しました」
「隙あり!」
老人の手刀が、人影の首を狙う!
「貴方の力は、時間の加速ですね?貴方の電子書籍購入歴から、時間を加速させる能力の漫画や書籍が何種類も購入されたのを確認しました」
人影は、ロボットは、今まで蓄積されたデータから、老人の戦闘パターンをある程度読み切っていた。
「一作目は、『ニンジャスレイヤー』、登場人物のスローハンドのヘイスト・ジツですね?」
ロボットは的確に、老人の拳を、蹴りを、躱してゆく。
「チッ!」
老人は舌打ちし、素早くロボットから離れた。
「二作目は、『血界戦線』のキュリアス、今までのアルファたちを破壊していったのはその力による時間の加速、それで朽ちさせた」
ロボットはアルファ・スリーが辿った末路のデータを、インプットされていた。
「三作目は『ジョジョの奇妙な冒険』のエンリコ・プッチのメイド・イン・ヘブン、だからこそ、この現象が起きているのですね」
ロボットが展望台の外を見ると、そこには光速の勢いで、昼と夜を迎える、東京の光景が映し出されていた。
「貴方はなぜこのような真似をなされたのです。このような愚かな真似を」
「愚か…愚かじゃとぉ!?」
老人は激昂した!
「朝!SNSで見たのよ!ここは!地上よりもわずかに時間が早く流れている!だからこそ!ここが最適なのじゃ!時を加速し!未来に行くのに!」
老人の動きに変則性が増す!
「私が抱いた願いは、人類普遍の願いじゃ!やりたいことがあるから!まだ死にたくない!それだけよぉ!」
老人は、更に己を加速し、ロボットの頭を蹴り飛ばした!
錆びゆく外装を、ロボットはパージすることによって、錆から中心の重要なパーツを守った。
「私はまだVRMMOをしたことがない!食べたことがない食い物がまだまだたくさんある!」
老人は、更に加速を続ける!
「セクサロイドを抱きたい!空飛ぶ車に乗りたい!宇宙旅行を気軽にしたい!お手軽にトランスセクシャルをしたい!」
老人の口から滔々と、浅ましい欲望が垂れ流される!
「そうだ!」
別の老人が、非常口から現れた。
「ワシらはまだ死にとうない!」
「未来なら!アンチエイジングの方法が更にあるはずじゃ!」
「いいや!若返る方法ができているはず!不老になる方法も!」
非常口から老人が!若者が!エレベーターからもあふれ出す!
「ホホッ!どうやらと同じ老人ホームの入居者たちが、仲間を呼んできたようだな」
老人が、ロボットから離れた。
ロボットが人の波に飲まれ、破壊されてゆく!
人の中に老人と同じ異能を手に入れた者がいたようだ!
「スイ…!Masenn…博士…!任務…!続行、できません…!」
そう言い残すと、ロボットは小さく爆発した。
「さあ皆の衆!ついに私たちは未来に辿り着くぞ!」
展望台が、光に包まれる!
老人はべしゃりと両手をと顔面をつけ、瞳を子供のように輝かせながら、展望台のガラスを破壊した!
「これが!私たちの待ち望んだ!未来世界だ!」
そこに広がるのは、荒廃した、東京の街並みだった。
川は蒸発しきり、全てのビルの窓ガラスは砕け、木製の建物は朽ち、砂が風に乗って舞う、滅んだ都市がそこに存在していた。
「な、なんなんじゃこれは?」
老人は困惑した。
どこに空飛ぶ車が?天ほど伸びたビルは?未来的な服装の人々は?どこに?
「未来だ!」「未来に着いたぞ!」
後から後から人々が!展望台に押し寄せる!
「や、やめ!うわぁぁぁぁ!」
老人が、既に展望台にいた人々が押し出され、滅びた都市に向け、落下した。
『申し訳ありません、博士。アルファ・ワンの私と通信が断絶されました。ですが、対象は消滅、特異点化されていたスカイツリー展望台は、正常になったようです』
夜のソラマチで、展開されていた特殊部隊の一団の中から、電子音声が聞こえる。
「お疲れ様です。これで、時間は守られた、ということになるんでしょう」
ノートパソコンに、中年の細い、眼鏡をかけた男が、話しかける。
『しかし、何がどうなっているのですか?おそらくアルファ・ワンの私は何もできずに破壊されたはず。ですが、なぜ対象は死亡したのですか?』
「ここに、対象の電子書籍購入歴のデータがあります。これで、私は先ほど、彼が時間を加速する異能を使うだろうという、予測をしました。そして、たった今アルファ・ワンの残骸が、あそこのエレベータから、帰ってきました」
特殊部隊が、台車に乗せてアルファ・ワンの残骸を博士のもとに運んできた。
「この残骸から、データを抽出しましょうか」
博士が、頭部に残されたチップから、戦闘データを確認する。
「これで、傾向と対策を考えました。これで、明日の私はより強いアルファを、さしずめ、アルファ・ツーを作り始めるでしょう」
『まさか、未来の博士が、より強いアルファを作り、対象を無効化したと』
「あるいは、対象は自滅したんでしょうねぇ」
『自滅…とは?』
「誰しも未来を知りたい、見たことないものを見たい、使いたい、遊びたい…そんな欲求は少なからず持っているものです。ですから、将来、誰もかれもが、スカイツリーにやってくる、未来に行ってしまう、そして世界は空っぽになってしまう。スカイツリーは、ある種のタイムトンネルになったんでしょうねぇ」
博士は、積み木の画像を作った。
「未来は、今の、今日の、明日の、明後日の、時間の積み重ね。その時間を積み重ねる人々がいなくなったら、未来なんて破滅の未来以外、やってくるはずがないでしょう?そして、対象が消えて、その未来には今の時間に生きる誰もが、辿り着かなくなった。彼は、シャボン玉のように消えゆく世界に、行ってしまったのです」
『つまり…私たちはやらなくてもいいことを、必死になってやっていたと?』
「言ってしまえば、ね。ですが、私たちは素晴らしいデータを手に入れました。これで、更に異能を持つ者たちに対して、私たちは戦うことができるでしょう」
博士はノートパソコンをスリープして、閉じた。
『お疲れ様でした、博士。本日は、これにてご帰宅なさりますか?』
博士のスマートフォンから、同じ声が聞こえた。
「はい、データをまとめるのは明日にしましょう」
『明後日は休日ですが、何をしましょうか?』
「さて、噂の商業都市型施設に行ってみますか…はたまたスイーツ巡りをするか…」
一人と一体は、特殊部隊に別れの挨拶を済ませると、そのままタクシーを止めて、夜の闇へと消えていった…