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レスト・イン・ピース・トゥ・ザ・ガーディアン・フロム・シヴィライゼーション#5

軋むような音を立てて、両開きのドアが開いた。但し、下半分しか燃え残っておらず、そのドアの残骸も蝶番が壊れ、煤けた床に倒れた。「ゲホッゲホッ」舞った埃と煤にソフィアはむせ、ハンカチで口元を覆う。KABOOOOM!「キャッ!」雷が轟き、豪雨が降り注ぎ始めた。

雨の中に立ち尽くす理由もない。ソフィアは意を決し、廃墟の内部へ入る。入ると途端に燃え残った木材の臭いが、ハンカチを貫通しソフィアの鼻腔に潜り込む。火事の後の臭いは、幾度か発掘調査で拠点を怒り狂ったリアルニンジャに燃やされ体験したが、慣れたくはないものだと彼女は思う。

燃え残った二階へと通じる階段はあるが、耐久性に信頼は置けない。ソフィアは手近にあるドアを開ける。そこはダイニングだったのだろう。陽光をふんだんに取り入れるための複数の窓枠の跡。煤に呑まれた暖炉。ここで彼も、ガブリエル・シルバも家族と食事を取っていたのだろうか。

ダイニングを出て反対の部屋へ。そこは居間と思しき場所だった。燃え残ったソファの骨組み。半分融解した後に冷え固まったテレビ。サイバネ犬の残骸。幸せの残り香を、ソフィアは感じ取った。KABOOOOM!廃墟の近くの丘に立つ木に落雷が直撃!廃墟が揺れる!パキッ。「ン?」

何かが割れたような音がソフィアの鼓膜を叩いた。音源はソファ骨組みの横の、煤けたサイドテーブルらしきもの。その上にあるものだった。「…写真立て?」ソフィアは掴むと、割れた窓から手を伸ばし、ハンカチを濡らすとそれで写真立てらしき物体を拭いた。

「家族写真…」割れた写真立て。そこには5人家族が映っていた。父と母、長女に長男と次男。その次男の顔立ちは、幼いマウイだった。「この子がガブリエル…」「まだ、そんなものが燃え残っていたのだな」KABOOOOOOM!雷光が、ソフィアの目の前の壁に男の影を映し出した。

ソフィアが振り返ると、窓枠の外に雨に打たれながら佇むマウイがいた。「マウイ=サン…」マウイは窓枠を乗り越え廃墟の中に入ると、ソフィアから写真立てをひったくる。その勢いで写真立ては崩れ、マウイの手元には家族の写真だけが残る。

マウイは数瞬、写真を見た後にそれをバラバラに引き裂き、床に撒くと何度も踏みつけ、何が映っていたかわからない様にしてしまった。「…女、貴様の目的はなんだ」マウイは、ソフィアの首筋に槍を当てた。その動きに淀み無し。冷酷なる戦士、ニンジャの眼差しでソフィアを見つめていた。

ソフィアはゴクリと唾を飲み込む。ここが分水嶺。一度でも答えを誤れば、マウイは、ガブリエルは自分の首を刈り取ると理解した。「…貴方の事が知りたいんです」「知りたい?ハッ!貴様が知りたいのはこの島の過去だけだろう!」

「最初はそうでした。けれど、今はそれと同じくらいに貴方の事を知りたいんです」アダナスとのブリーフィングでは、正体不明のニンジャとだけしか資料にもなく、聞いても答えてはくれなかった。アダナス程の力のある暗黒メガコーポが、マウイの正体にたどり着かないはずがない。

意図的に省いた?何のために?そこを知らなければ、致命的な何かが起きてしまうような、そんな不安がソフィアの中にはあった。それに、事件の調書を読んで知ったマウイの過去。それが事実ならば、この一人の青年の傍に誰かが寄り添わなければいけない。寄り添いたいと、そう思ったのだ。

「はあ…なんなんだよお前は本当に…」マウイの口調が幾ばくか砕け、槍を降ろす。眼差しや気配からは毒気が抜けていた。「本当に、この地で起きた事件に関りはないのか?」「はい」マウイの問いかけにソフィアは答える。半年前は、発掘調査で遠方に出かけている。

「まあ…貴様のようなどんくさい女が、腹芸だのをこなせるわけもないか…」マウイはソファの骨組みに腰を下ろした。全身から漂う無念の気配。「…半年前のあの日も、こんな嵐の夜だった」

「父上は…父さんはお前と同じ考古学者だった」マウイの口調が、古めかしく威厳を感じさせようという口調から、普通の青年の口調になった。

「お前も、ソフィア=サンも学問の徒ならわかるだろう?学問は金食い虫だと」「…ええ」「その中でも、考古学は更に金がかかる。計画を立てスタッフを雇い、拠点を建てる。それ以外のなにもかにも、金がかかる」マウイの言葉は、完璧に正しかった。

資金集めに奔走し、ふわふわとしたローンに手を出す学生や教授は後を絶たない。実際、ソフィアも在学中にローンに手を出した挙句、数か月マグロ漁船に揺られあわや退学という事態にまで追い込まれたのは忘れられない。先生が休学という形にして事なきを得たが。

「必要なのは、経済力を持ったパトロンだ。政府、メガコーポ、得体の知れない暗黒カネモチ。だが、父さんは違った」「違った?」「パトロンを持たずに、やりくりを何とかしていた」それが事実なら、驚きだ。「言っておくが、父さんは犯罪行為に手を染めて稼いでいた訳じゃないぞ」

「なら、どうやって?」「それは秘密だ」ソフィアはズッコケかけた。「話す流れじゃないんですか!?」「そう簡単に教えるわけがないだろう?」マウイはジトッとした目を向ける。「…それが根も葉もない噂を産んだのだろうな」

「父さんが古代の戦士のアーティファクトを、触ったものを黄金に変えるマジックアイテムで費用を賄っていると聞いた強盗がこの家を襲撃した」「そんなものがあるはずが…」「でも犯人たちは信じていた。なにせ、そいつらも同じ戦士、ニンジャだったから」

◆◆◆

鈍い音を立て、レイチェル・シルバの体が叩きつけられた壁から落ちた。「クソが!どこにあるんだよ!ミダス・ニンジャの残したアーティファクトは!」苛立った口調でニンジャ、グレイヴロベリィはレイチェルの腹を蹴りつける。

「まあそう苛立つなや」相棒であるマガーは、丁寧にジョエル・シルバの四肢を粉砕しながら答える。廊下にジョエルの叫び声が響き渡る。「やっぱり本土からパラディンでも連れて来るべきだったんじゃねえか?」「いや、いくら黄金が無限に出るとしても分け前が三分の一になるぞ?」

「恒久的とはいえ、取り分は多いに越したことはねえしな」「俺とお前、二人で大金持ちだ」「ユウジョウ!」「ユウジョウ!」腕を組み交わす二者。廊下の奥ではピエラ・シルバが既に冷たくなり始めている。インタビューするも情報が無いことに苛立った二人が、ファック&サヨナラしたのだ。

「やっぱり、野郎の目の前でこのガキをズタズタにしてやれば、何か話すんじゃねえか?」「ああ」二人は首だけを動かし、廊下の奥で腰を抜かしていたガブリエル・シルバを見た。「ヒッ。ニンジャ、ニンジャなんで。兄さん、姉さん、母さん」ガブリエルは急性NRSにより危険な状態だった。

ガブリエルは訳が分からなかった。当たり前のように家族と過ごし、当たり前のように眠りに就いたはずなのに、突如ニンジャの強盗が家に押し掛け、母を殺し、父と姉と兄を拷問にかけている。現実離れしている。これは現実ではない。そう現実逃避しようとするが、現実は少しも変わらない。

「なあ先生よう!このガキを生かして欲しけりゃ」グレイヴロベリィが廊下の奥に転がしていたはずのゴンザレス・シルバの方を向くも、そこにはゴンザレスはいない。引きちぎられた足と血の跡が残るばかり。「あの野郎!何処に行きやがった!」「追いかけるぞ!イヤーッ!」

血痕は廊下を進み、二階の奥へ。一つの部屋へと続く。ゴンザレスの書斎。先程グレイヴロベリィたちが荒らし回った後の場所だった。そこに、ゴンザレスはいた。「あとは…頼む」倒れたUNIXとキーボードを操作し、ヘッドセットで何者かへと語りかけていた。

「イヤーッ!」グレイヴロベリィはUNIXを蹴り飛ばし破壊!「誰だ!誰と何を話していた!」「言うものか…愚かなニンジャどもめ…ここにはお前らの欲しがるようなものはない!」「チッ!」「アバーッ!」マガーはゴンザレスを投げつける!本棚が砕け、ゴンザレスの全身に木片が突き刺さる!

「こうなりゃ最終手段だ」グレイヴロベリィは落ちていた本や書類にライターで火を付ける。「オイ!」「映画じゃ大事なものは、館に隠された地下室にあるって定番だろ?」「…そうだな!」火は書斎中へと回る!「そこで焼け死んでな!役立たずの非ニンジャの屑!ハハ!」ニンジャたちは高笑い!

「さっさとサツが来る前に終わらせねえとな」「ああ。まあニンジャの俺らの前には無意味だがな」二人は書斎を後にする。館が焼け落ちるまでガブリエルを拷問しながら待つ腹積もりだ。「ハア…ハア…」ゴンザレスは、目前まで迫る火を見つめながらも手を伸ばす。

「アアアアアッ!」そして叫び、這い出す!炎が体に燃え移るが構わずに這い、グレイヴロベリィの背に腕力だけで飛びつく!「アッチィ!」「この死にぞこないが!」グレイヴロベリィは熱さに呻き、マガーは引きはがさんとする!「ガブリエル!逃げろ!お前が次の『守り手』だ!島を!頼むぞ!」

「ウアアアアッ!」ガブリエルは遁走!廊下の突き当りにある窓を突き破り落下!「くたばれ!イヤーッ!」グレイヴロベリィは背中のゴンザレスを掴むと背負い投げの要領で投げ飛ばす!イポン!ゴンザレスは火の中へと姿が消える!

「あのガキ!逃がすか!」「捕まえてインタビューだ!やっぱり何か知ってやがるぞ!」窓から飛び降りる二人のニンジャ。それと同時に館の屋根から火の手が上がった!「ヒッ、ヒィ」ガブリエルは全力で走る。地面に叩きつけられ折れた腕を抱え、全身に割れた窓ガラスが刺さりながらも走る。

しかし。「捕まえたぞガキィ!」「観念してオニイサン達に隠してることを言ってみな?ン?言えたら痛みなく殺してやるからよぉ」常人の足でニンジャから逃げ切れるわけもなく、ガブリエルは容易くグレイヴロベリィに首を掴まれ引きずり倒される。

「ハッ…ハッ…!」泥に全身が塗れ、過呼吸に追い込まれたガブリエルはグレイヴロベリィとマガーの顔を見て口を開いては閉じを繰り返す。「アー!遅い!」「ゴブフゥッ!」そして、返答がないことに苛立ったグレイヴロベリィはガブリエルの脇腹を踏みつぶした。

「アーアー。やっちまいやがって」マガーは相棒に呆れ顔。だが文句は言わない。燃えた後の館を掘り起こせば何かしらあるだろうと算段を付けているからだ。「館が燃え尽きるまでオイランハウスで雨宿りでもしてるか?」「だな」二人はガブリエルを放置してハンガロアの街へと歩き出す。

「ゴボッ…!ゴボボッ…!」内臓ごと脇腹を踏みつぶされたガブリエルは、喉の奥から滾々と湧き出す血を口から流しながら、雨に打たれていた。頭の中にあるのは二つ。死への恐れと、グレイヴロベリィ等への怒りだった。『オオオ…』その時、ガブリエルの耳に地響きのような音が響く。

『オオオ…若き…器…よ…』いつの間にか、影のような何者かがガブリエルの上に立っていた。『立て…戦え…王のために…!』影はガブリエルの方へと倒れ、その身はガブリエルをすり抜けた。「ゴボーッ!」ガブリエルは弓なりに背中をそらし、逆再生めいて立ち上がる!

刺さっていたガラスは抜け落ち、脇腹の傷も巻き戻しのように癒え始めた。ガブリエルは駆け出し、グレイヴロベリィの後頭部に向かって拳を放つ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」グレイヴロベリィは拳を掴む!二者も後方での異常に気が付いている!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「クゥッ!」押し込まれ続けるガブリエルの腕を掴んだまま、グレイヴロベリィは考える。土壇場でのディセンション。何度か獲物の家に押し込み強盗をした時に経験はある。今まではマガーと二人で殺しきれたが、この圧力。グレーター級か?

突発的な計画故、装備などは殆どない。その状態でディセンション直後のガブリエルとやりあうのは面倒。そう考えたグレイヴロベリィは叫ぶ。「おいガキ!今のお前なら、家族を救えるんじゃないかぁ!?」「イヤ…!?」

「お前のお袋はしっかりファックした後に殺したがよぉ!姉貴に兄貴、親父はまだ生きてるんじゃないかぁ!?あの火事の中でよぉ!」遠方で、火事の規模が更に増す。「なんたって今のお前はニンジャだ!火事の中でも飛び込んで助けに行ける!さあどうする!」

「ウゥ…!グゥ…!ウォォアアア!」悩み、苦悩し、ガブリエルは掴まれた腕を振り払い、燃え盛る館の方へと走り出した。「今の内だ!」「ヘヘヘ…!そうだな!じゃあなクソガキィ!焼け死んだ家族に会ってきな!ヘヘヘヘヘ!」そう言い残すと、二人のニンジャは夜の闇へと駆けて行く。

それが、ガブリエルと家族の仇であるニンジャたちとの最後の接触だった。

◆◆◆

「そして、侵入時のゴンザレス氏の通報を受け、逃げ出した二人を逮捕しようとした警察官らは皆殺しにされ、二人は漁師の船を奪ってイースター島から逃亡。行方は未だに知れない…」ソフィアは、警察署で手に入れた事件の調書を、その後の事件の続きを話し出す。

グレイヴロベリィとマガーは猟師の船を奪う際にも大量の死者を出している。何度か警察署に行った際に見かけた警察官らの装備。小さな島の警察官が持つには異様なほどに殺傷力の高い銃器の数々。あれらはあの二人の、対ニンジャのために用意されたものなのだろう。通用するかは定かではないが。

「…その後我は…僕は燃え上がる家の中から、父さんたちを見つけて必死にハンガロアの病院まで走った」マウイは、ガブリエル・シルバは燃え残った天井を見上げながら呟いた。そこにいたのは得体の知れないニンジャではなく、半年前に家族を奪われた、まだ18歳の青年だった。

ガブリエル・シルバ。シルバ家の次男坊。植物の絵を描くのが好きな、心優しい子。家族に愛され、家族を愛したどこにでもいる普通の人。警察署の古株の警官や、日用雑貨や食料品店を営む老人に聞いた、彼の話。

「でも、みんな朝までは持たなかった」長女レイチェルは内臓破裂。長男ジョエルは失血性のショック死。父親のゴンザレスは熱傷と失血のダブル。とても小さな島の病院では助けようがなかった。「しょうがないとはいえ、僕は未だにあの病院の事を許せそうにはない」

室内を重い沈黙と嵐の音だけが満たす。「…ソフィア=サン」ガブリエルが口を開く。「この一件から、島の調査から手を引いた方がいい」今までの威圧的なマウイの口調ではなく、ソフィアを心配するような口調で島から立ち去ることを要請した。

「…貴方の過去の出来事と、関りがあるんですか?」ガブリエルの過去を知った今、ソフィアはそうなのだと理解した。「…そこらの強盗ニンジャが、どうして過去のアーティファクトだのの噂にたどり着くことが出来たのか」「暗殺者が送りつけられたのも、僕がここら辺を守り始めてからだ」

「まさか…」「恐らく、影で糸を引いている誰かがいる」組織なのか、コーポなのか、或いは個人か。何者かは定かではないが、ガブリエルに、シルバの家系にこの島に居られては不都合な存在がいるのは確かだ。「今はまだ僕だけを陰から狙っているが、いつか大々的に行動に移るかもしれない」

ガブリエルは内心、ソフィアを送り込んだアダナス・コーポレーションが一番怪しいとは考えてはいる。だが、露骨にソフィアに自身はアダナスと関りがあると言わせ、ソーデドのような質の悪い外部協力者を雇うわけがない。「でも」ソフィアが何かしら否定をしようとするのをガブリエルは制する。

「現にソフィア=サン。貴方も巻き添えで死にかけたでしょう」ソフィアは無意識に毒針が刺さった場所を撫でていた。「あ、そうだ。忘れていました!」ソフィアはポンと手を打つ。「マウイ=サン。あの時はわたしの事を助けてくれて、本当にありがとうございました」

「そんなの必要ないですよ。感謝されたくてしたわけじゃないんですから…」ガブリエルは手を振って否定する。「じゃあ、何で助けてくれたんですか?私は、この島の事を調べようとしているのに…」ガブリエルは観念したかのように息を吐き出した。「姉さんに似ていたから…」

「姉さん…レイチェル・シルバにですか?」「ええ。姉さんは忙しいみんなの代わりに、僕の面倒を見ていてくれて…優しくて、一緒に居たら温かい気持ちにしてくれる人」「姉さんと似たような雰囲気だからかな。放っては置けなかった」ガブリエルは気恥ずかしそうに頬を指で掻く。

「…決めました!やっぱり私この島に残ります!」「ハァ!?話を聞いてないんですか!?この島にいたら巻き込まれるかもって」「でも、ガブリエル=サンが私を守ってくれるんでしょう?」ガブリエルはガリガリと頭を掻きむしる。

「貴方…大学じゃ図々しいとか言われてませんでした?」「ある程度の強かさを持ってないと、現地のガイドに料金をぼられますから」そのような性格をしているから、反感を買って余計に値が吊り上げられるのでは?ガブリエルの口から出かかった言葉は、次のソフィアの言葉で掻き消えた。

「だって、私はガブリエル=サンの事を信頼してますから」「ふ、ははははは!敵を信頼するんですか!ソフィア=サンは!」「確かに、この島の何かの秘密を守りたいガブリエル=サンと、この島の過去を解き明かしたい私は、厳密には敵の関係です」

「でも、命を奪い合うほどの敵でもないでしょう?」「…ええ」ガブリエルは曖昧に頷いた。「というわけで、これからもトラブルや刺客に狙われたらガブリエル=サンを頼るので、その時はお願いしますね!お礼にご飯を作りますから!」

「…ああ、やっぱり貴方はズルいな」ガブリエルは笑みを浮かべた。「とりあえず、朝になるまで寝て待ってましょう」ソフィアは、マウイの隣に座る。マウイの寝床で野宿をしようにも、雨ざらしは厳しいからだ。そして、二人は眼を閉じ、少したってから口を開いた。

「ところで今までの態度って…」「演技に決まってますよ。あんな態度をしてれば威圧感が増すと思って」「…じゃあ、あのほとんど裸の時も…」「恥ずかしかったに決まってるでしょう…嫁取り前の男の裸を見たんだから、責任を取ってくださいよ…」「それ逆では?フフ…」

「ああ、思い出しましたけど、風見鶏の上に立つのはどうかと思いますよ」「あんな建物の上を走るのは初めてでしたから…」「じゃあ、どんな場所なら走ったことがあるんですか?」「暴れ狂うバイオヌーの上を、調査に怒ったリアルニンジャに追われながらなら」「それは逆に難しい気が…」

「…雨が降っている間は、どこで寝泊まりをしてるんです?テントもありませんでしたけど」「県庁の屋上に、ちょうど雨風がしのげるスペースがあってそこに」「鳥が巣を作るみたいですね…」「枯草でベッドを作っても次にきたら吹き飛ばされているのが悩みで…」「フフ…」

「スゥー…」「スゥー…」「スゥー…」「スゥー…」

◆◆◆

ハンガロアの街、嵐のせいか明かりも殆どなく、街灯のみが照らされている。だがそんな中、煌々と明かりの灯る建物があった。県庁。そこの県知事室の明かりが灯っていた。「このような嵐の夜に、ご足労いただきありがとうございます」県知事は目の前、来客用ソファに腰を据える相手に手を差し出す。

「いえ、大半はウキハシ・ポータルでしたし、船旅も嵐が来る前でしたから快適でしたよ」握手に応じるのは、スーツを着た男。俳優のような、若い女性が振り返る、ハンサムなマスクだ。ほんの僅かに残る髭を剃った跡が、この人物のセクシーさを引き立たせている。

『コー、シュコー』その隣に、大柄な体格の人物が、半ばソファを破壊しながら座っていた。全身をほぼ黒く塗装された機械を纏った、男か女かもわからない人物。市長は腹を掴み、失禁しない様に耐えていた。噂には聞いたが、まさか実在するとは。ニンジャ。それが二人も。

「市長。例の地図を」「は、ハッ!」県知事はニンジャたちを目の間にしても一切動じてはいない。これが上に立つ者の胆力かと市長は考えながら、地図を取り出した。「この島は本来、もっと発展しているはずだった」県知事は口を開く。「あのモアイ像を観光資源にして。だが…」

「先代の県知事の時代から、この島の土地を大量に取得している大地主シルバの家と提供の交渉していたが、奴らは取り付く島もない」県知事と市長は、壁に掛けられた歴代の県知事の顔写真を見つめる。島の発展を願い、その人生を島民たちに捧げた偉大なる政治家。県知事は数秒黙祷を奉げた。

「半年前のゴンザレスたちの事件は気の毒に思っていたが、いい機会だと思い行動しようとしたら、ガブリエルがおかしくなり、これだ」県知事はプロジェクターに映像を映す。そこには、島の土地の権利についてのデータがあった。だが、その大半が壊れていた。

「ゴンザレスめ…死ぬ前に雇ったハッカーに土地権利に関する国家のサーバーを破壊させるとは…」「おかげで本土も大混乱だ!だが!」市長がテーブルにイースター島の地図を広げた。「アダナス・コーポレーションの協力のおかげでデータは復旧!ゴンザレスが持っていた土地がどこかもわかった!」

そこには、まるでチェス盤のように塗られたイースター島があった。「奴に追われながら働いた測量士たちには感謝だな。だがシルバ一族め…何を考えてこんな土地の持ち方をしていたのだか」「で、肝心なシルバの末裔の彼は?土地を相続しているのでは?」スーツのニンジャが話の続きを促す。

「ガブリエルは土地を相続してはいない!びた一文も相続税を払ってはいないただの不法占拠者だ!今までは調査のために遊ばせていたが、これからは違う!」「チリ政府も、アダナス・コーポレーションにこの土地を渡す契約を明日の朝には締結する予定です」

「感謝します。県知事殿。市長殿。では、私たちはこれにて…」スーツのニンジャが立ち上がると、機械鎧のニンジャも立ち上がる。それと同時に来客用ソファが崩壊した。二人は気にせず県知事室を後にする。県知事たちはソファに腰を深くうずめ、失禁した。

『コー…あいつらもバカだな。コーポが観光地の開発のためだけに来ると思っているなんて』機械鎧のニンジャが初めて声を発する。ボイスチェンジャーを使い、男か女かわからない。「言ってやるな。こんな片田舎に引っ込んでいるような政治屋に、コーポの実態なんてわかるはずがない」

『シュー…そんなものか』「ああ、そんなものだ。君ももう少し歳を重ねれば分かるはずさ。ボーイ」機械鎧のニンジャが、スーツのニンジャの方を見る。全身から僅かな殺気が零れだす。だが、スーツのニンジャは気にせず歩き出す。「それじゃあ、朝になったら我らが勝利の女神を迎えに行くか」

◆◆◆

翌朝、台風一過というわけではないがイースター島は雲一つない晴天だった。雨に濡れた車道は少しずつ乾き、その上を大量の車列が通り過ぎてゆく。資材を大量に積んだトラック。武装した兵士を乗せた装甲車。そして、装甲車の上には機械鎧のニンジャが座っていた。

「なんだあれは…」シルバ邸廃墟から出てきたガブリエルとソフィアはその車列を見て目を丸くする。今までの地元警察を伴った測量士たちとは訳が違う。「あの機械を全身に付けてる人。私の大学に、先生に依頼を出したアダナスの人と一緒にいた人です。多分、ニンジャ…」

「本格的に攻めてきたか!」ガブリエル、マウイは槍を構えると投擲!それと同時に走り出す!槍は車列の目前の車道に着弾!小規模なクレーターが生まれ、車列は止まった。「待てい!愚かなる領土侵害者どもよ!」マウイは車列の前でブレーキ!立ちはだかる!ソフィアも追いつき、マウイの横に。

『コー…出たな』機械鎧のニンジャは装甲車のルーフを叩くと、ドアが開きそこから一人の男が降りた。スーツのハンサムな男だ。だが、マウイを見ると、そのスーツはニンジャ装束となり、メンポが生成されていた。

「ドーモ、マウイ=サン。ヒプノシスです」スーツのニンジャ、ヒプノシスがアイサツをすると、機械鎧のニンジャが装甲車から飛び降り、足を車道にめり込ませる。『コー…ドーモ、マウイ=サン。ファウンドです』ヒプノシスは、アダナスの腕章が。ファウンドの体には社章が刻まれていた。

「貴様らが進まんとしているのは」「ああ、そういうのはいいから、マウイ=サン。いやガブリエル・シルバと言うべきか」ファウンドのモノアイが光ると、空中にホログラムが映し出される。そこには、チリ政府とアダナスの土地の引き渡しに関する契約書が映し出された。

「君の家の土地、全部アダナスのものになったから。ああ。市長さんたち、相続税を払ってないことにカンカンだったよ」ヒプノシスは小さな子供を諭すかのような口調で語りかける。『コフッコフッコフッ…領土侵害はお前の方だな。ゴミカス』ファウンドはマウイを嘲笑う。

「ヒプノシス=サン!これはどういうことなんですか!島の調査は全面的に私たちの大学に任せると契約には!」「契約を結ぶときはちゃんと隅まで読まないと。アレ、いざという時はこちらが引き継ぐって」「そんな!」ソフィアとヒプノシスの言い争いを聞きながら、マウイは頭を働かせる。

父さんの策が早々に破られた。ならこいつらは既に秘密にたどり着いているのか?いや、最後の鍵がある。それがこちらにある限り、何とかなるはずだ。「…気は進まんが、お前らを排除すればいいだけの事だ」マウイはクレーターから槍を引き抜く。

「戦う気?残念だけど、それは出来ないなあ」ヒプノシスは、首を横に振る。「だって君、もう死んでるし」ヒプノシスは、パチンと指を鳴らした。ズン。マウイの体に衝撃が走った。「ア…?」マウイが見下ろすと、脇腹から女の腕が生えていた。この場にいた女は、一人しかいない。

「ソフィア…サン…?」首を後ろに向けると、先ほどまで横にいたはずのソフィアが背後に立っていた。「ソフィア?それは誰?ソフィア・デイビスのことかしら?」女の着ていた考古学者的服装がざわめき、ニンジャ装束と化す。「そんな人間、この世のどこにもいないわよ」女は嗤う。

「ドーモ、マウイ=サン。デンタータです」そのニンジャは、突き出した腕を払い、マウイの脇腹を引き裂いた。雨に濡れ、乾きつつあった車道。そこにマウイの血と臓物がぶちまけられた。

レスト・イン・ピース・トゥ・ザ・ガーディアン・フロム・シヴィライゼーション#5終わり。#6へ続く。