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串打ち3年、裂き8年、焼き一生

これは鰻の調理を会得するのにかかる期間を表現した言葉だ。僕はこういう職人の世界というのは程度の差こそあれ、どこの世界にもあると思っている。

ただ、エレキギターの世界はノミとカンナが支配する世界ではなく、大量生産を意図してあらゆる工程が効率化されてきたネジと電動工具の世界である。

フェンダーが一連のギターを生むのにかかったのは10年。

1949年にエスクワイヤーの試作品ができ、1958年にジャズマスターが発表された。一連のギターが生まれるのにかかった期間はわずか10年。

当時その道20年の職人なんかいなかった。フェンダーで働く前は家具職人だったという人も中にはいたかもしれないが、エレクトリックギターの製作経験は誰にもなかった。

その時代の楽器の多くは、音楽の歴史を作り、ボロボロになった今もいい音で鳴っている。塗装一筋20年とかピックアップ作り30年とか、そんなキャリアはいらないのだ。

時間を掛けて会得すべきは、技術ではない。

電動工具や自動化で製作の現場から職人技を排除してきた結果、エレキギターの職人に残された最も重要な素養は何か?と問われれば、手先の器用さではなく、音の違いを聴き分ける耳と、音の良し悪しを判断する自分なりの基準、審美眼であろうと思う。良いものと悪いものを判断できる力、センスと言い換えてもいい。

耳はともかくセンスというのは、音のヌケないギターで音作りの下手くそなバンドの中に入り四苦八苦した経験とか、コピー曲をやることで自分の得意としない音色作りに挑戦した経験であったりとか、沢山のライブバンドを見た経験だとか、そういった一見遠回りと思える経験に裏付けされて確立される。

センスはアウトソースできる。

例えばレオフェンダーは製品のテストに何人かのミュージシャンや音楽経験者を巻き込むことで、音質的な良し悪しの判断をアウトソースした。彼と彼のスタッフには、彼らに足りないものを冷静に捉える能力があって、それらを調達できる力があった。
音の違いさえ分かれば、ミュージシャンとの会話の中で、好まれる音とそうでない音というのは学習していくことができる。効率的にセンスを鍛えるということだ。
ただし、このセンスというのはあくまでもミュージシャンの感性のコピーで、自身の心の底にあるオリジナルとは別である可能性もある。ミュージシャンとの対話を重ねながら、自身の感性を開花させるプロセスが必要だと思う。

センスを磨くのに時間がかかる。

串打ち3年、裂き8年、焼き一生という有名な言葉の中には、もしかしたら手先の技術だけでなく、センスをゼロから育てる期間が計上されているかもしれない。
美味しい鰻とは何か?どうすれば美味しくなるのか?という問いの答えとなるセンスを身につけるのに、長い期間が必要というのは納得できる。

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