見出し画像

銀河団重力レンズ効果により129億光年彼方に見つかった恒星エアレンデル

ハッブル宇宙望遠鏡によって,129億光年かなたにある恒星が発見されました.ビッグバンからわずか9億年後の宇宙に見つかったこの恒星は「エアレンデル」と名付けられました.「明けの明星」を意味する名前です.今回はこのエアレンデルについて元論文などをもとに詳しく紹介していきます.

https://hubblesite.org/contents/media/images/2022/003/01FWRZTQFDGGP05KM1PRCCNZ1E

光の速さは一定ですから,遠くの天体を観測することで過去の宇宙を調べることができます.ただ,遠くにある天体ほど見かけの明るさは暗くなるため,何億光年も離れた天体は基本的に,たくさんの恒星からなる天体である銀河や,恒星が爆発することで急激に明るくなる天体現象である超新星爆発などでないと検出することは困難です.

ただし,遠方の天体と私たち観測者との間のちょうどよい位置に重い天体が存在する場合,その遠方天体からの光の進路が曲げられて通常より多く観測者に届き,明るく見えることがあります.重力レンズ効果と呼ばれます.

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a8/PIA23641-GravitationalLensing-20200108.jpg

重力レンズ効果を強く受ける天体の探査は,銀河がたくさん群がっている領域である銀河団でしばしば行われます.銀河団は銀河だけでなくそれらをつなぎとめるダークマターも大量に存在していてとても重い天体ですから,その背景に重力レンズ効果を強く受けている天体が見つかりやすいと考えられるためです.

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/0a/Frontier_Fields_Galaxy_Cluster_Abell_370.jpg

そうした重い銀河団の重力レンズ効果を利用した遠方宇宙探査のひとつがRELICSと呼ばれるプロジェクトです.RELICSプロジェクトによって41個の銀河団領域に対するハッブル宇宙望遠鏡の良質なデータが取得され,そのうちの一つであるWHL0137-08という銀河団の領域で,赤い色を示す細長い天体が検出されました.

https://relics.stsci.edu/

遠方の宇宙で放たれた光は,私たちに届くまでの間に宇宙膨張によってその波長が伸びるため,遠い天体ほど赤く見えることになります.詳しい解析の結果,この赤く細長い天体は赤方偏移6.2の宇宙にあって,手前の銀河団によって重力レンズ効果を強く受けている銀河であることがわかり,サンライズ・アークと名付けられました.赤方偏移が6.2であるサンライズ・アークからの光が私たちに届くまでの時間は,標準的な宇宙モデルを仮定すると約129億年です.

https://hubblesite.org/contents/media/images/2022/003/01FWRZTQFDGGP05KM1PRCCNZ1E

一般に,大気の擾乱の影響を受けないハッブル宇宙望遠鏡の鮮明な画像であっても,遠方にある銀河の構造を分解することは簡単ではありません.しかし強い重力レンズ効果のおかげで背景の天体が大きく引き伸ばされると,きわめて遠い宇宙にある天体であってもその内部構造を詳しく調べることが可能となります.

https://news.uchicago.edu/story/gravitational-lens-reveals-details-distant-ancient-galaxy

サンライズ・アークについて研究者たちが特に興味を持ったのが,重力レンズ効果がきわめて強くなるcritical curve上に検出されていたクランプでした.critical curve上で検出される天体は1000倍以上にも増光されることがあるため,通常は調べることのできないとても暗い天体を検出し,その性質を明らかにできる可能性があるためです.

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:NASA-Star-Earendel-HubbleST-20220330.png

研究者たちは,最初の観測から約3年半後に再びハッブル宇宙望遠鏡を使う機会を得て,サンライズ・アークの追観測を実施しました.その結果,このクランプは3年半後のデータでもたしかに検出されることがわかり,過去のデータと合わせることでより高い精度で検出することができました.そのクランプが今回報告されたエアレンデルです.

Welch et al. (2022), Nature, 603, 815

サンライズ・アーク上にはエアレンデルの他にも似たようなクランプが検出されていますが,これらは重力レンズ効果によって同一天体が複数に分かれて観測されている多重像であると考えられています.例えば,シアン色の丸で囲まれた1.1aと1.1b,1.1cは,複数波長での観測結果も合わせて考えると,サンライズ・アークにある星形成クランプの多重像と考えるのが自然です.マゼンタ色の丸で囲まれているのも,サンライズ・アークに付随する別の星形成クランプの多重像です.

こうした多重像を示している星形成クランプと異なり,エアレンデルはひとつの像しか検出されていません.このことは,エアレンデルが重力レンズのcritical curveにきわめて近いため,多重像が分解されずに私たちにとってひとつの像として観測されていて,増光率がきわめて高い可能性を示しています.

銀河団による重力レンズ効果は,その銀河団に属している銀河の位置とダークマターを含めたそれらの質量分布などをもとに推定することができます.ただ,それらを完全に正確に知ることはできないため,ある程度の不定性が残ります.そこで研究者たちは,クロスチェックのため複数の重力レンズモデルを用いて解析し,いずれのモデルでもエアレンデルがcritical curveの近くに位置することを確認しました.詳しい解析から,エアレンデルの増光率は1000倍から40000倍ほどもあることがわかりました.

さらに,エアレンデルが空間的に分解できていないことから,重力レンズモデルをもとに,エアレンデルのサイズは0.36パーセクより小さいことがわかりました.エアレンデルはサンライズ・アークという銀河の上で検出されたクランプですから,サンライズ・アークに属している星団の可能性がありました.ただ,近傍宇宙でこれまでに知られている星団のサイズは,最も小さいものでも1パーセクほどあります.エアレンデルのサイズはそれより小さいですから,遠方宇宙での星団のサイズが近傍宇宙と大きく異ならないとすると,エアレンデルは星団ではなく,単一の恒星であると考えられます.

実は以前にも,重力レンズ効果によって遠方宇宙にある単一の恒星が検出されたことがありました.イカロスと呼ばれる天体です.ただ,イカロスまでの距離は90億光年程度でしたから,129億光年はなれたエアレンデルは人類の知る最遠の恒星までの距離を大きく更新したことになります.

https://esahubble.org/images/heic1807c/

また,イカロスが検出されたのは限られた期間だけでした.これはイカロスが手前の銀河団にある銀河などではなく,恒星質量程度のコンパクトな天体による重力レンズ効果をたまたま受けたためと考えると説明できます.重力マイクロレンズ現象と呼ばれます.これに対してエアレンデルは少なくとも3年半の間は安定して強い重力レンズ効果を受けていることから,今後も詳細に調べられる格好のターゲットと言えそうです.

https://www.nasa.gov/feature/goddard/2018/hubble-uncovers-the-farthest-star-ever-seen

エアレンデルが検出されたのは近赤外線にあたる1.1マイクロメートル程度の波長での画像です.赤方偏移を考慮すると,もともと放射された波長は1600オングストローム程度で,紫外線にあたります.エアレンデルの紫外線での見かけの明るさとエアレンデルまでの距離,そしてエアレンデルに対する重力レンズ効果による増光率から,エアレンデルのもともとの明るさは,絶対等級に換算してマイナス8等からマイナス12等程度であることがわかりました.

エアレンデルのもともとの明るさに対する制限を,恒星の光度と有効温度の関係を示すヘルツシュプルング・ラッセル図(HR図)に示したものがこちらの図です.黒色のいくつかの線は重力レンズモデルを変えた場合のエアレンデルの光度への制限に対応していて,緑色の領域が68%信頼区間です.一方で,質量が太陽の9倍から560倍までの恒星の進化トラックをさまざまな色で一緒に示しています.進化トラックがエアレンデルの光度を説明できる時間が十分に長いこと,そして質量の小さい恒星ほど数が多いことを考慮すると,エアレンデルの質量は太陽の50倍から100倍程度であり,その有効温度は20000ケルビンを超えている可能性が高いと考えられます.

また,近傍宇宙での観測から,重い恒星の多くは連星系をなしていることが知られています.エアレンデルも同様に複数の恒星からなる連星かもしれません.ただ,一般にそうした連星系をなす恒星の質量比は小さいですから,連星からの放射は最も重い恒星からの放射が占めることになります.

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Artist%E2%80%99s_impression_of_the_double-star_system_GG_Tauri-A.jpg

エアレンデルは,そのサイズの小ささと紫外光での明るさから,太陽質量の50倍から100倍程度の重い恒星で説明できますが,まだ棄却されていない他の可能性もあります.ひとつは金属量がゼロのいわゆる種族IIIの恒星です.ファーストスターとも呼ばれます.エアレンデルが属しているサンライズ・アークの星質量は太陽の3かけ10の7乗倍程度と見積もられていて,そこから期待される銀河の金属量は太陽金属量の1%から10%程度です.ただ,銀河の化学進化が平均的にある程度進んでいるとしても,中には金属量がゼロの恒星が誕生する可能性もあるとされています.その可能性は高くないと考えられていますが,もしエアレンデルが種族IIIの恒星であれば人類初の発見となり,その性質を明らかにする上できわめて重要な天体になります.

https://www.esa.int/var/esa/storage/images/esa_multimedia/images/2003/05/artist_s_impression_of_how_the_very_early_universe_might_have_looked/9689974-3-eng-GB/Artist_s_impression_of_how_the_very_early_Universe_might_have_looked_pillars.jpg

他にも,銀河系内の褐色矮星など,サンライズ・アークと私たちの間にある別の天体がたまたま重なってしまっているだけ,という可能性も残されています.サンライズ・アークと重力レンズのcritical curveが重なるところというきわめて限られた領域にそうした前景天体が偶然いる確率は小さいですが,完全に棄却できていないのが現状です.

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Artist%E2%80%99s_conception_of_a_brown_dwarf_like_2MASSJ22282889-431026.jpg

これらの可能性を切り分けてくれると期待されるのが,昨年12月に打ち上げられたジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)です.JWSTは無事に太陽と地球のラグランジュポイントのひとつであるL2ポイントへ到着し,科学的な観測の実施に向けてさまざまな調整を行っている段階にあります.

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:JWST_spacecraft_model_2.png

JWSTによる高い感度でエアレンデルを分光観測することにより,波長ごとの明るさの分布であるスペクトルエネルギー分布からその正体が明らかになると期待されます.恒星である場合は有効温度が求まり,HR図上での制限が大きく向上します.また,サンライズ・アーク自体も観測することで,その形成史や紫外放射強度といった性質も明らかになると考えられます.エアレンデルやサンライズ・アークといった遠方宇宙にあるユニークなターゲットを世界最高感度を誇るJWSTで詳細に観測することで遠方宇宙の新たな姿が明らかになることを楽しみにして,この記事を締めくくりたいと思います.


元論文など

Welch et al. (2022), Nature, 603, 815
https://www.nature.com/articles/s41586-022-04449-y

pdfファイル
https://stsci-opo.org/STScI-01FX61F3NBSQQY4K41GKAX05QD.pdf

Program Information JWST GO 2282
https://www.stsci.edu/jwst/science-execution/program-information.html?id=2282

Record Broken: Hubble Spots Farthest Star Ever Seen - NASA
https://www.nasa.gov/feature/goddard/2022/record-broken-hubble-spots-farthest-star-ever-seen


関連動画

ALL THE DETAILS on Earendel: a star 12.9 billion light years away seen by the Hubble Space Telescope - Dr. Becky
https://youtu.be/VChgsXbIgdw

Record Broken: Hubble Spots Farthest Star Ever Seen - NASA Goddard
https://youtu.be/0YMRuh772IA

ハッブルが新発見!129億光年彼方にある史上最遠の恒星「エアレンデル」 - 宇宙ヤバイch
https://youtu.be/LVW_mQGfT70

最も遠い星を単独観測!--- 一番星が作ったブラックホールの可能性も! (ジェイムズウェッブ宇宙望遠鏡の詳細観測へ) - 宇宙・天文を最先端のデータで手軽に楽しむ
https://youtu.be/-IMxHsA7HWY


参考文献

史上最も遠い星を観測、129億光年先、桁違いの「エアレンデル」 - ナショナル・ジオグラフィック
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/22/040100150/

ハッブル宇宙望遠鏡、129億光年遠方の星「エアレンデル」を観測 - sorae
https://sorae.info/astronomy/20220331-hubble-earendel.html

観測史上最遠、129億光年離れた単独の星からの光を検出 - アストロアーツ
https://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/12510_earendel


この記事が参加している募集

#物理がすき

1,454件

#地学がすき

323件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?