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宇宙には果てがあるのか

宇宙とはいったい何なのでしょうか.どういった空間に存在しているのでしょうか.その体積は有限なのでしょうか,それとも無限なのでしょうか.空間の3次元を超えるいわゆる高次元空間は存在しているのでしょうか.宇宙には始まりがあったのでしょうか.それとも無限の過去からずっと続いているのでしょうか.

こういった素朴な疑問を生じさせ,私たちの好奇心を魅了してやまない宇宙.今回は特にその中から,「宇宙の果て」について簡単にまとめます.

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宇宙の地平線球

結論から言うと,私たちが観測できる宇宙には,果てが存在します.

私たちは宇宙を観測するとき,主に光を使いますが,光の速さは有限です.そのため,私たちは遠くを見ることによって過去を調べるができます.遠い天体ほど,そこからの光が私たちに届くのに長い時間が必要になるため,それだけ過去の宇宙での姿を見ていることになるためです.

たとえば,太陽と私たちの間の距離はおよそ1億5000万キロメートルです.光の速さは秒速およそ30万キロメートルですので,太陽から放たれた光が私たちに届くまでにおよそ8分かかります.そのため,私たちが見ている太陽の姿はおよそ8分前のものになります.同様に考えると,たとえば100億光年かなたの銀河を私たちが観測すると,それは100億年前の姿ということになり,100億年前の宇宙を調べることに繋がります.

これまでに人類が発見した中で最も遠い天体はおよそ134億光年先にあります.ただ,宇宙の年齢は138億年ですから,それでも宇宙が始まって4億年が経過した宇宙です.

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https://ja.wikipedia.org/wiki/GN-z11#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Distant_galaxy_GN-z11_in_GOODS-N_image_by_HST.jpg

では,それより先の宇宙はどうなっているのでしょうか.

現在正しいとされる標準的な宇宙論によると,始まってすぐの宇宙はきわめて高温高密度であり,物質の分布はほぼ一様なため,天体はすぐには形成されません.その後,宇宙膨張とともに冷えていき,数億年かけて初めての天体が形成されたと考えられています.いわゆる宇宙の一番星,ファーストスターです.

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ファーストスターが誕生する前の宇宙には,光を放つ天体はなかったと考えられていて,その時期は宇宙の暗黒時代と呼ばれています.

宇宙の暗黒時代を観測することは困難ですが,誕生後わずか38万年の宇宙は観測することができます.それまでの宇宙はとても高温高密度だったため,宇宙にある原子核はイオン化していて,電子は自由電子として宇宙を飛び回っていました.それがおよそ38万年経ったとき,膨張によって温度が十分に低くなることで,原子核に電子が取り込まれて中性化しました.このイベントを宇宙の再結合と言います.

宇宙の再結合より前の宇宙では,光は自由電子と頻繁に相互作用することで熱平衡状態にありました.再結合が起こると光子は自由電子と頻繁に相互作用しなくなるため,宇宙空間をまっすぐに進めるようになります.そのためこのイベントは宇宙の晴れ上がりと呼ばれています.

宇宙の晴れ上がりの際の光子は,現在の宇宙でもあらゆる方向から私たちに届いています.当時の宇宙の温度は約3000Kでしたが,宇宙膨張によってその波長は長くなっていて,現在ではおよそ3Kの温度に相当する,宇宙マイクロ波背景放射として観測されています.

私たちが実質的に観測できる宇宙の範囲というのは,この宇宙マイクロ波背景放射が発せられている球面より内側の領域です.そのため,これを宇宙の地平線球と言うこともあります.

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https://www.sdss.org/surveys/eboss/


ユニバースとマルチバース

では,私たちの宇宙の地平線球の外側はいったいどのようになっているのでしょうか.

原理的に観測によって検証できないため様々な可能性が議論されていますが,おそらくそこには同じような宇宙がずっと広がっているだろうと考えらています.

現在の宇宙において任意の場所を選んで,そこを中心とする半径138億光年の地平線球を「あるユニバース」と定義します.私たちの宇宙はそうした「あるユニバース」の一例と考えることができます.

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「あるユニバース」は任意の場所を中心として定義できますが,138億光年の2倍以上離れた,ユニバース同士は互いに重複する領域を持ちません.そのためそれらのユニバースは現時点で,因果関係のないユニバースということができます.

ただ,そうした因果関係のないユニバースが私たちの宇宙と異なる性質を持つとする強い理由はありません.地球上で私たちが水平線を見たときに,その先に待っているのがそれまでと同じような海であることを期待するのに似ています.

そして,因果関係のないユニバースが無数に存在している宇宙全体のことを「マルチバース」と呼びます.

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地平線球の半径は時間とともに少しずつ大きくなっているため,どのユニバースも少しずつ成長していますが,光の速さは有限です.そのため,観測可能な範囲には限りがあり,その意味で宇宙の果ては存在することになります.ただ,無数のユニバースを含む宇宙全体に相当するマルチバースには果てはなく,ほぼ無限の体積を持つと考えるのが自然です.

ほぼ無限と言っているのは,現在観測できる範囲において,という但し書きが付くためです.体積が有限であっても空間に果てがないような状況は考えられます.簡単のため2次元平面で考えると,球面の表面積は有限ですが,どこから出発してもぐるぐる回ることでどこまででも進み続けられますから,平面の果てはないことになります.3次元空間でも空間が曲がっている場合にはそのような状況がありえます.

これは観測によってある程度検証することができます.もしこの宇宙の空間が曲がっていて,果てはないけれど体積が有限であるならば,ある場所で放たれた光がやがて同じ場所に戻ってくる可能性があります.

このような研究に向いているのが宇宙のあらゆる場所で放たれた宇宙マイクロ波背景放射です.しかし,詳細な解析から少なくとも宇宙マイクロ波背景放射にそのような痕跡が認めれず,この宇宙は少なくとも現在の地平線球の10倍程度以上に広がっているという結論が得られています.

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クローンユニバース

私たちの宇宙を含むマルチバースが無限に広がっているとすると,どこかに私たちの宇宙とまったく同じ宇宙である「クローンユニバース」が存在するという興味深い結論が得られます.

あるユニバースの体積は有限ですから,そこに存在する原子の数は有限です.そのため,そのユニバースを原子程度の体積要素に分割して,それぞれの体積要素における状態を考えていけば,原理的にはそのユニバース全体の状態を決定することができます.体積要素の数は途方もないものになりますが,それでも有限個しかありません.

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おおざっぱに計算すると,138億光年という地平線球の半径は10の28乗センチメートルです.一方で,体積要素のサイズとして,簡単のため宇宙に多く存在している水素の原子核である陽子のサイズを採用すると,それは10のマイナス13乗センチメートル程度です.したがって,あるユニバースを陽子サイズの体積要素に分割すると,その数は10の28乗センチメートルを10のマイナス13乗センチメートルで割った数の3乗,すなわち10の123乗個になります.

10の123乗個の各体積要素において,陽子が存在するかしないかを決めていくことで,そのユニバースの物質分布は完全に決定できると考えると,そのすべての可能性の数は2の「10の123乗個」となります.ということは,お互いに全く異なるユニバースというのはせいぜい2の「10の123乗個」しか存在しないということになります.

このことから,もしマルチバースが無限に広がっているとすると,どのユニバースについても必ずどこかにそのユニバースと全く同じユニバースが存在し,しかもその数は無限個ある,という結論が得られることになります.中には隣り合っているクローンユニバースも存在するのかもしれません.

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無限個のマルチバースとブラックホール

さらに広い視点で考えると,私たちの宇宙のあるマルチバースとは永遠に互いに因果関係を持つことのない,別のマルチバースが存在している可能性に思い当たります.この場合,マルチバース同士は単に空間的に離れているわけではありません.なぜなら地平線球は時間とともに広がり続けるので,空間的に離れているだけならいずれ因果関係を持ってしまうと考えられるためです.

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興味深いことに,私たちの宇宙で因果的に隔離されている天体が多数存在しています.ブラックホールです.ブラックホールはきわめて強い重力のため,その中心付近は特異点となっていて,その内側から私たちの宇宙へは何も伝わることができません.そのため,ブラックホールの境界は事象の地平面と呼ばれています.もしかすると,ブラックホールは私たちの宇宙のあるマルチバースと因果関係を持たない別のマルチバースへつながっている可能性があります.

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マルチバースの体積は無限ですから,ブラックホールは無数に存在しています.そしてそれらが別のマルチバースにつながっているとすると,マルチバースの数も無限ということになります.因果関係を持たないマルチバースというのは,互いに別の次元の時空に存在しているマルチバースということなのかもしれません.宇宙というのは私たちの想像をはるかに超えた存在のように思われます.

この一連の考察の多くは検証することが困難ですから,科学とは言い難いトピックなのかもしれません.一方で,私たちがたしかに存在しているこの宇宙には,素朴な疑問すらまだ未解決のままに残されています.私たちがそれらに対する答えを得る日がくるのかはわかりませんが,これからも宇宙についての理解が少しずつでも深まっていくことを期待して,この動画を締めくくりたいと思います.

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https://en.wikipedia.org/wiki/Wormhole#/media/File:Lorentzian_Wormhole.svg


参考文献

「不自然な宇宙 宇宙はひとつだけなのか?」
https://amzn.to/3d4FkUe

「数学的な宇宙 究極の実在の姿を求めて」
https://amzn.to/3s2aUX2

 

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