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宇宙を見る「目」:電磁波・宇宙線・重力波

宇宙にはたくさんの天体がありますが,その多くは,私たちから遠く離れています.お隣の惑星である火星にすら人類はまだ行ったことはありません.探査機を送ったことのある範囲も太陽系内に限られています.

そんな遠くにある天体を調べる方法は,主に電磁波です.電磁波は,電場と磁場の変化を伝える「波」のことを指します.電磁波はその波長の違いによって分類されていて,私たちが目で見ることのできる可視光を基準にすると,波長の長い方には赤外線や電波があり,波長の短い方には紫外線やX線,ガンマ線があります.

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電磁波は,波長が短いほどそのエネルギーが高いという性質があります.波長の短い光は温度の高いガスや高エネルギー粒子などから放射されます.一方で波長の長い光は冷たいガスや塵などから放射されます.そのため,同じ天体をさまざまな波長で観測することで,異なる物理現象を調べることができます.

また,電磁波に加えて,宇宙からは高エネルギーの放射線である宇宙線や素粒子のひとつであるニュートリノ,さらに時空の歪みを伝える重力波も伝わってきます.

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今回はそうした宇宙を観測する際に用いられるさまざまな方法について簡単にまとめます.


可視光

私たちにとって最も身近な電磁波は可視光です.可視光は,私たちの目で見ることのできる範囲にある電磁波を指します.その波長はだいたい400ナノメートルから800ナノメートルまでです.ナノメートルというのは10のマイナス9乗メートルです.

太陽の明るさを波長ごとに調べると,可視光の波長帯で明るいことがわかります.これは偶然ではなく,ヒトの目は太陽からの光をよく捉えることができるよう進化してきたためと考えられています.

可視光で観測できる天体の例は恒星です.恒星は質量が大きいほど温度が高く,その温度に対応する色を帯びていることが知られています.太陽と同じくらいの質量を持つ恒星は,黄色やオレンジ色に対応する波長で比較的明るく輝いています.太陽より重い恒星は,温度が高いため青っぽい色をしてきます.反対に太陽より軽い恒星は,温度が低いため赤っぽい色をすることになります.

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また,可視光では銀河や銀河団といった,恒星が多数集まった天体も観測することができます.現在の宇宙において,銀河は渦巻き構造や楕円構造といった特徴的な形態を持っていることが知られています.渦巻き銀河が他の銀河との衝突や合体を経て楕円銀河へと進化してきたと考えられていますが,その詳細なプロセスはまだ理解されていません.

可視光は地上から観測できる電磁波ですが,実は地上から観測できる電磁波の波長帯は限られています.可視光の他に感度良く観測できるのは,一部の赤外線と電波だけです.他の波長帯の電磁波は,大気中の原子や分子と反応してしまうため,地上まであまり届きません.そのため,大気をよく透過してくる波長帯のことを,大気の窓と呼びます.

ただ,その大気の窓にある波長帯でも,大気の揺らぎの影響で天体の像はぼやけてしまいます.その影響を抑えるため,望遠鏡はできるだけ高い山の上に設置されます.

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赤外線

赤外線は可視光より波長の長い電磁波で,波長がだいたい1ミリメートルまでのものを指します.波長の短い方から順に近赤外線,中間赤外線,遠赤外線と呼び分けることもあります.

電磁波のエネルギーは波長が長いほど低くなりますから,赤外線は可視光と比べて温度の低い物質を観測するのに適しています.たとえば,私たちの身体も赤外線を放射していて,非接触式の温度計などは人体からの赤外線を感知しています.

宇宙では,たとえば生まれたての星である原始星を調べるのに赤外線は有用です.原始星はたくさんのガスや塵に覆われているため,可視光は吸収されてしまって直接見ることは困難です.一方で原始星によって温められた塵は赤外線を放射します.そのため,赤外線を使って原始星のまわりの塵を観測することで,原始星を間接的に調べることができます.

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また,遠くにある天体からの光は,宇宙膨張の影響で波長が伸びて赤くなります.これを赤方偏移と呼びます.100億光年を越えるような遠くにある天体からの光は,もともとは紫外線であっても,私たちに届く頃には可視光へと赤方偏移していきます.そしてきわめて遠くの天体からの光はさらに波長が長くなって赤外線になります.光の速さは有限なため,遠くを見るほど過去を見ることになりますから,赤外線によって遠い過去の宇宙にある星々からの光を調べることが可能となります.

赤外線の一部は大気の窓にあるため地上からでも観測できますが,そうでない波長帯での観測には宇宙望遠鏡などを用いる必要があります.これまでにスピッツァー宇宙望遠鏡やハーシェル宇宙望遠鏡などさまざまな赤外線宇宙望遠鏡が活躍してきました.

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https://www.esa.int/ESA_Multimedia/Images/2010/04/Herschel_and_Rosette_Nebula


電波

赤外線より長い波長の電磁波は電波と呼ばれます.電波はガスや塵などによる吸収や散乱の影響を受けにくいため,可視光や赤外線などでは観測できない暗黒星雲の背後などの観測も可能です.

宇宙から飛来する電波を初めて検出したのは,ベル研究所の無線技術者だったカール・ジャンスキーです.1931年,ジャンスキーはあらゆる方向からの電波を観測する中で,雷など地球に由来するものではない,未知の電波源の存在に気が付きます.さまざまな検証の結果,その電波は天の川銀河の中心方向に由来するものであることが分かりました.この功績をたたえられて,電波強度を表すのにジャンスキーという単位が使用されています.

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https://public.nrao.edu/gallery/karl-jansky-with-his-milky-way-map/

波長の長い電波では光の波動性が卓越するため,干渉を利用した観測もしばしば行われます.電波を受信するアンテナを複数個用意してそれらを離して設置すると,同じ天体からの電波はそれらのアンテナに時間的にずれて届きます.そのずれの大きさは電波の到来方向によって異なるため,複数のアンテナで受信した電波が重なり合うような時間差を見つけることで,電波源の位置を精度良く求めることができ,結果としてとても解像度の高い観測をすることができます.

アルマ望遠鏡は,チリのアンデス山脈にあるアタカマ砂漠で標高およそ5000メートルの場所に設置されている大型の電波干渉計です.直径16キロメートルほどの広い範囲に66台のアンテナを配置することで,最大で視力6000に相当する解像度で宇宙を観測しています.この解像度は,500 km先にある一円玉の大きさを見分けられるほどの視力に相当します.

その高い解像度によって,たとえば若い星のまわりでの惑星形成現場を詳細に観測することに成功しています.若い星のまわりではガスや塵が円盤状に分布すると考えられていましたが,詳細な観測により,円盤には細いリング状の構造や三日月状の構造など,想定されていなかったような多様性があることがわかってきています.

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https://www.nao.ac.jp/news/science/2020/20200904-alma.html
https://www.eso.org/public/images/potw1827a/


紫外線

可視光より波長が短く,10ナノメートルから400ナノメートル程度までの電磁波を紫外線と呼びます.紫外線の大部分は大気に吸収されてしまうため地上からは観測できません.そのため,ハッブル宇宙望遠鏡や遠紫外線分光探査機FUSE,銀河進化観測機GALEXといった宇宙望遠鏡による観測が行われてきました.

紫外線は可視光よりエネルギーが高いため,太陽よりかなり温度が高く,重い恒星の観測に適しています.重い恒星ほど寿命が短いため,重い恒星からの紫外線を観測することで,比較的最近に作られた恒星の量を見積もることができます.

また,白色矮星も紫外線で観測できる天体のひとつです.白色矮星は,比較的質量の小さい恒星の進化の最終段階にあたる天体です.質量の小さい恒星はやがてその外層を放出して惑星状星雲となり,高い温度を持つ中心核が白色矮星として残ります.太陽も中心付近にある水素が少なくなると,やがて外層を放出して白色矮星になると考えられています.

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https://www.nasa.gov/feature/goddard/2017/messier-57-the-ring-nebula


X線

X線は紫外線よりさらに波長の短い電磁波です.その波長はだいたい10ナノメートルから10ピコメートルです.ピコメートルは10のマイナス12乗を意味します.

X線による宇宙観測が大きく発展するきっかけとなったのは,1962年にイタリア出身の天体物理学者リカルド・ジャッコーニらが太陽系外からのX線を初めて検出したことでした.ジャッコーニらは当初,太陽からのX線やプラズマが月の表面で反射・吸収されて発生する二次的なX線をとらえようとしていました.しかしその観測で,月から少し離れた方向にきわめて強いX線源がたまたま検出されました.その発生源はさそり座X-1と呼ばれるX線連星で,全天で太陽の次にX線で明るい天体でした.この業績によりジャッコーニは2002年にノーベル物理学賞を受賞しました.

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https://esmoa.org/piece/riccardo-giacconi/

X線はとても波長が短いため,きわめて温度の高い物質から放射されます.たとえば,銀河団の内部に充満している1000万度を超えるような高温プラズマからはX線が放射されています.実は,銀河団内部の高温プラズマは高い運動エネルギーを持っているため,銀河団にある銀河やガスによる重力だけでそうした高温プラズマをつなぎとめ続けることは困難です.そのため,銀河団が普遍的に高温プラズマに満たされていることは,銀河団に大量のダークマターが存在していることの証拠のひとつとされています.

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https://www.eso.org/public/images/eso1120a/


ガンマ線

最もエネルギーの高い電磁波をガンマ線と呼びます.X線とガンマ線は放射メカニズムの違いによって区別されます.X線は電子の軌道変化に伴って放射されますが,ガンマ線は原子核の状態遷移によって放射されます.

2008年に打ち上げられたフェルミガンマ線宇宙望遠鏡によって,全天のガンマ線の強度分布が作られ,天の川銀河の中心から双極状に広がる巨大な泡のような構造,いわゆるフェルミバブルが発見されました.これは1000万年ほど前に天の川銀河の中心付近で大爆発が起きた痕跡と考えられています.

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https://en.wikipedia.org/wiki/Fermi_Gamma-ray_Space_Telescope
https://apod.nasa.gov/apod/ap101110.html

一時的にガンマ線を強く放射するガンマ線バーストと呼ばれる現象も多数観測されています.ガンマ線バーストは,継続時間が数10秒程度の長いガンマ線バーストと,継続時間が2秒程度の短いガンマ線バーストに大別されます.さまざまな波長での観測から,長いガンマ線バーストは質量の大きい恒星が重力崩壊型の超新星爆発を起こす際に発生する現象と考えられています.一方,短いガンマ線バーストは,重力波などによる観測と合わせることで,中性子星の合体に伴う現象であることが示されました.

ガンマ線は地上から間接的に観測することもできます.ナミビアにあるヘス・ガンマ線望遠鏡やスペインのラ・パルマ島にあるMAGIC望遠鏡は,宇宙からのガンマ線が大気と衝突する際に発生するチェレンコフ光を検出します.現在では,さらに感度の高いチェレンコフ望遠鏡アレイ(CTA)の建設が進められています.

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https://commons.wikimedia.org/wiki/File:HESS_II_gamma_ray_experiment_five_telescope_array.jpg
https://www.wikiwand.com/en/MAGIC_(telescope)


宇宙線

電磁波の他にも宇宙を観測する方法があります.そのひとつが宇宙線です.宇宙線は,宇宙から飛来する高いエネルギーを持つ電子や陽子,ヘリウム原子核などのことを指します.

高い運動エネルギーを持つ電子や陽子などの粒子は,ガンマ線と合わせて放射線と呼ばれます.かつて地球で観測される放射線は地球内部を起源としていて,上空にいくと大気によって遮断されて放射線量は減っていくと考えられていました.しかし1911年,オーストリア出身の物理学者ヴィクトール・フランツ・ヘスは,気球を使った実験を行い,高度とともに放射線量が増加することを明らかにしました.これは宇宙を起源とする放射線である宇宙線が飛んできていることを示しています.この功績によってヘスは1936年にノーベル物理学賞を受賞しました.

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宇宙線の粒子は電荷を持っているため,地球に到達するまでに磁場の影響で運動の方向が曲がってしまい,元々の発生源を特定することは困難です.そのため,高エネルギー宇宙線の起源を明らかにすることは,現代の天文学における重要課題のひとつとされています.

宇宙線のエネルギーごとの強度分布は単純なべき乗の形ではなく,きわめて高いエネルギー帯においていくつかの折れ曲り構造を持つ可能性が指摘されています.アメリカのユタ州にある砂漠で760平方キロメートルの範囲に500台を超えるシンチレーション検出器を設置するテレスコープアレイ実験では,そうしたきわめて高いエネルギーを持つ宇宙線を観測しています.

また,国際宇宙ステーションに搭載されているアルファ磁気分光器AMS-02や,カロリメータ型宇宙電子線望遠鏡CALETは,ダークマターや反物質もねらった宇宙線の観測を進めています.

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https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Cosmic_ray_flux_versus_particle_energy.svg
http://www.telescopearray.org/index.php/about/telescope-array


ニュートリノ

ニュートリノは質量がきわめて小さく電荷を持たないため,他の物質とほとんど相互作用しない素粒子です.

広い意味で取るとニュートリノも宇宙線に含まれます.ニュートリノは大気や地面を透過できるので,その検出器は地中深くに設置されています.他の粒子はそこまで届かないため,検出器を地中深くに置くことで純度の高いニュートリノ観測が可能となります.

1987年,岐阜県の神岡鉱山に設置されたニュートリノの観測装置カミオカンデで強いシグナルが検出されました.カミオカンデは,直径16mの巨大な水槽に3000トンの水を入れて,ニュートリノが水の中の原子核にごく稀にぶつかる際に発生するチェレンコフ光を,水槽の壁面に設置した光電子増倍管でとらえる装置です.

ニュートリノの強いシグナルから少し遅れて,天の川銀河のすぐ近くにある銀河である大マゼラン雲で発生した超新星SN1987Aが可視光で観測されました.SN1987Aは,質量の大きい恒星が重力崩壊を起こして発生した超新星です.重力崩壊型の超新星では中心付近に中性子星が形成されることがあり,その際にはニュートリノが大量に発生します.カミオカンデで検出されたニュートリノはその一部を捉えたと考えられます.この成果により,小柴昌俊は2002年にノーベル物理学賞を受賞しました.

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http://hyperphysics.phy-astr.gsu.edu/hbase/Astro/sn87a.html
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Neutrino_detector_-_National_Museum_of_Nature_and_Science,_Tokyo_-_DSC07824.JPG


重力波

アインシュタインによって提唱された一般相対性理論によると,質量を持つ物体の周囲では空間が歪みます.質量を持つ物体が運動すると,その周囲の空間の歪みは変動して,重力波として遠くまで伝わっていくことになります.

重力波はきわめて弱いため最近まで直接検出することは困難でした.間接的な証拠は1974年に中性子星連星の観測から得られています.アメリカの物理学者ラッセル・ハルスとジョゼフ・テイラーは,中性子星連星B1913+16の間の距離が時間とともに小さくなることを発見しました.これは,中性子星連星が互いに回転運動することで重力波を放出し,エネルギーを失っていることを示唆しています.実際,そのエネルギー損失率は一般相対性理論による予想と見事に一致しました.この功績により二人は1993年にノーベル物理学賞を受賞しました.

2015年に人類はついに重力波の直接検出に成功します.アメリカのルイジアナ州とワシントン州に設置された基線長3キロメートルのレーザー干渉計重力波天文台LIGOが,ブラックホールの合体に伴う重力波を検出しました.2017年には中性子星の合体も捉えられました.

現在ではLIGOに加えて,イタリアに設置されたVirgoと日本のKAGRAが観測を開始し,LIGOと協調して重力波観測を進めています.

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人類はさまざまな波長の電磁波や宇宙線,重力波を通した観測によって宇宙の姿を明らかにしてきました.観測する方法によってその起源となる物理現象が異なるため,宇宙は私たちに全く異なる多様な面を見せてくれます.今後さらに観測技術が向上することにより,宇宙の新たな一面が発見されるだけでなく,新たな謎が見つかることも期待して,この動画を締めくくりたいと思います.


参考文献など

トコトンやさしい天文学の本
https://amzn.to/3xp6HAq

スーパーカミオカンデ ジグソーパズル

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