見出し画像

第10話 とまり木

“光の結界”を設置して数日間監視を続けたところ、ミキオの目論見通り宇宙ネコをはじめ原住動物達が敷地に近づく様子は見られなかった。

ベースキャンプ敷設作業の再開が決まり、ハンス、ミキオ、オリバー、そして副船長イワンの4名が夜の地表に降下した。

「こりゃひどい。まずは遺跡の発掘作業だな」

オリバーの言い草は少々の誇張があるものの、実際以前搬入した居住モジュールなどの機材は何日もの間砂嵐に晒されて埋もれかかっていたため、敷設作業はスコップを使って手作業で砂を除去していく地道な作業から始まった。のんびりしていたらまた機材が砂に埋もれてしまう。結界のおかげで安全に作業が進められるとわかると、母船に応援を要請し、船長とドクターの二人を除くクルーを総動員して作業にあたった。

惑星ホープの一日は地球の半分ほどの長さである。つまり夜の時間というのはさらにその半分、およそ6時間程度しかない。砂嵐が止んでいるのはこの間だけだ。急ピッチで作業が進められ、なんとか最低限の居住設備が整えられた。ベースキャンプとしてはまだ完全ではないが、ひとまず地表で寝泊まりできる形にして、残りの付属設備はおいおい整備していくことになった。居住モジュールのエアロックが正常に機能していることを確認し、クルー達が一人ずつ中へ入ってEVAスーツを脱いだ。

「は〜〜!空気が美味い!」
「そうだな。新品の車みたいなにおいだけど」
「新鮮な空気のほうがいいなら外で深呼吸してくるか?」

動きにくいEVAスーツ、迫る夜明け、そしていつ襲いかかってくるかわからない原住動物達――いくつものストレスを抱えながらの作業から解放され、久しぶりにクルー達の顔にもほころびが見られた。

「腹が減ったな。飯にしよう」
「賛成!」
「とりあえずはレーションだな」

まだ食料の生産設備が整っていないので、調理が不要な携帯食料をめいめい口にする。ちなみに航行中のクルー達は何を食べていたかというと、船内で工業的に生産された野菜と藻類の加工品、そして稀に培養肉である。野菜と藻に関しては空気と水、そして電気さえあれば無限に生産できるが、培養肉は冷凍保存した畜肉の幹細胞を培養して生産するため数が限られている、“たまのご馳走”だ。同様にレーションも数が限られているため普段の食卓に上がることはない。地球で調理されたもののため、味のバラエティも豊富――補給のない長期間の宇宙任務ではレーションのほうがかえって“高級品”なのだ。

「レーションも悪くないな。味が濃い」
「ああ、毎日でも食べたいくらいだ」
「紅茶があれば言うことなしだな」
「ねえ、外……」

窓代わりのモニターには居住モジュールの外に設置したカメラが撮影した映像がリアルタイムに映し出されている。惑星ホープの地表から見る初めての夜明け――凪の夜から砂嵐の昼までのわずかな時間だけ広がる青空を、クルー達はしばらく食事の手を止めて眺めていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?