ネコの惑星

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第16話 アリスとボブ

実験を開始してから数ヶ月が経過した。遺伝子操作は数種類の原住動物に対して行われたが、最終的にもっとも好ましい成果が見られたのはあの“宇宙ネコ”だった。元来の身体能力と知能の高さが他の動物よりも抜きん出ていたためだろう。十数世代の“進化”を経て、長い尾でバランスを取りながら後脚で直立歩行ができるようになり、自由になった前脚の4本指でモノを掴めるようになった。知能も発達し、簡単な言語を学習し得る可能性も見せはじめた。顔つきはさほど変わらないが、幾分表情が豊かになったか。宇宙ネコは

    • 第15話 試行錯誤

      ドクター・ファンの指示により、クルー達は惑星ホープの原住動物の“サンプル”集めに奔走することになった。動物の捕獲は地球上であっても困難だ。ましてここは異世界、そしてターゲットも未知の生物。しかしこれを遂行せねばミッションの前進はない。クルー達は必死で原住動物達と格闘した。3Dプリンターで出力した網を空中から投下したり、複数台のローバーや重機で追い詰めたり、時には原始的に徒党を組んで素手で挑んだり…… クルー達の奮闘の甲斐あって、いくつかの種の生体サンプル、つまり生きた個体を

      • 第14話 ドクター・ファンの提案

        軽く咳払いをして、ドクターがモニターに資料を表示しながら語りはじめた。 「私はこの数ヶ月間、母船でこの惑星の生物群について調査を続けてきた。諸君から提供された生体サンプルを分析した結果、実に興味深いことに、彼らの遺伝子構造が我々を含む地球の生物と極めて似通ったもの――いや、ほぼ同一のものと言っていいことがわかった」 大半のクルーはどうして採掘効率の話から原住生物の話になったのかがわからず怪訝な顔をしたが、ドクターは構わず続けた。 「これは大変な発見だ!何光年も離れた別々

        • 第13話 暗雲

          “壁”の建設とその内側の施設の整備が同時並行で行われていった。時に原住動物に妨害されながらではあるが、工事はおおむね順調に進み、ベースキャンプとそれををぐるりと囲む高さ4メートルほどの石の壁が出来上がった。これでクルーと施設が原住動物に脅かされる心配はかなり減った。また副次的な効果として、昼間の砂嵐の影響もある程度は抑えられるようになった。 しかし一方で新たな問題が発生した。壁に阻まれるのは何も原住動物や砂嵐だけではない。クルーや資材も同様に、壁の内側と外側の行き来が困難に

        第16話 アリスとボブ

          第12話 祝杯

          「じゃあ行ってくるよ、ドール」 『行ってらっしゃいませ、ミキオ様。お気をつけて』 ミキオがモニターに映ったアニメ風美少女に手を振った。他のクルーも苦笑しながら手を振ってエアロックへ入っていく。これが彼らの“出勤”風景となっていた。地表のベースキャンプと軌道上の母船とで安定した通信が可能になったので、ミキオが航海中にプログラムした美少女型人工知能アシスタントが居住モジュール内からでもアクセスできるようになったのだ。 地球でも高度な人工知能が広範にわたる仕事をこなし、人類社会

          第12話 祝杯

          第11話 壁

          ベースキャンプの拡充作業は砂嵐が収まり、“光の結界”の効果が最大化される夜間に行われていった。一度に作業できるのは現地時間で半日、地球時間にして6時間以下。クルー達はまだ物資が無造作に積まれたすし詰めの居住モジュールに寝泊まりしながら作業にあたった。 クルー達が地表で生活しながらアストロマイニング計画の主目的たる鉱物――クルー達は単純に“メタル(The Metal)”と呼んでいる――を採掘するためには、居住空間にとどまらず実に様々な設備が必要である。発電装置、空気水精製装置

          第10話 とまり木

          “光の結界”を設置して数日間監視を続けたところ、ミキオの目論見通り宇宙ネコをはじめ原住動物達が敷地に近づく様子は見られなかった。 ベースキャンプ敷設作業の再開が決まり、ハンス、ミキオ、オリバー、そして副船長イワンの4名が夜の地表に降下した。 「こりゃひどい。まずは遺跡の発掘作業だな」 オリバーの言い草は少々の誇張があるものの、実際以前搬入した居住モジュールなどの機材は何日もの間砂嵐に晒されて埋もれかかっていたため、敷設作業はスコップを使って手作業で砂を除去していく地道な

          第10話 とまり木

          第9話 対峙

          「――それで、その、“宇宙ネコ”対策ですが、私に考えがあります」 ミキオが手を挙げた。 「彼らをはじめ、この惑星の動物はほとんどが夜行性で、暗い環境に適応しています。眼が大きいのはそのためでしょう。これを逆手に取れば、彼らを傷つけずに遠ざけることができるかもしれません」 後日、ハンスとミキオが夜の地表への降下を開始した。 「……」 「……」 二人とも無言のまま、緊張した面持ちでコンソールを見つめている。ハンスの頭には前回の襲撃がよぎり、ミキオは自分の“作戦”が上手く

          第9話 対峙

          第8話 宇宙ネコ

          カメラや各種センサーの搭載された空中ドローンや無人のローバーなど、ありとあらゆる観測機器を駆使して惑星ホープの生物群が調査された。この惑星の生態系は地球のそれとまったく同じ――すなわち、植物があり、それを食べる草食性の動物がいて、さらにそれらを捕食する肉食性の動物がいるという食物連鎖のピラミッド構造だ。 調査を継続するうちに、環境への理解も進んだ。恒星の光が地表に届く時間――つまり昼間はほとんど常に強い風が吹いており、砂塵で霞んだ状態になる。地球のように燦々と日の光が降り注

          第8話 宇宙ネコ

          第7話 沈黙の葬送

          どうやら相手は非常に運動能力の高い動物のようだ。目にも止まらぬ速さで視界から姿を消した。ということは、襲ってくる時も一瞬だろう。いつ、どこから自分に飛びかかってくるかわからない――ハンスは微動だにせず、全神経を研ぎ澄ませたが、相変わらず砂埃で視界は悪く、EVAスーツ越しにはほとんど何も感じることはできない。ただただ、酸素マスクを通した自分の呼吸音だけが聴覚を支配する。 地球を離れてからこんなに緊張したことがあっただろうか。それどころか、生まれてから一度だってこんな思いはした

          第7話 沈黙の葬送

          第6話 襲撃

          依然砂埃のために視界は悪いが、うっすらと周囲の様子が見えてきた。空も地面も見渡す限り黄土色一色で、ほとんど濃淡によってでしか物を識別することができない。目に入るものといえば一面の砂地と岩、遠くの山、そしてところどころに生えている植物とおぼしき物体。地球の地下都市のほうがまだましと思える、実に荒涼とした景色だ。 周辺の安全を確認したハンスとソンミンが、さっそくベースキャンプの敷設に取り掛かった。コンテナ式の居住モジュールを降下船から搬出し、ローバーで牽引して配置していく。クル

          第6話 襲撃

          第5話 ホープ着陸

          任務の遂行に関する決定は、すべてアストロマイナー号のクルーに委ねられている。地球と交信して何かおうかがいを立てながら任務を遂行しているわけではない。なぜなら、惑星ホープから地球までは何光年も離れているからだ。仮に交信するとすれば、何か話しかけたとしても地球から返事が帰ってくるのは何年も先になってしまう。 「撤退」か「共生」か、あるいは「排除」かーークルーたちは“原住民”の対応について協議したが、彼らが高度に発達した知的生命体なのか、あるいはバクテリアのような原始的なものかも

          第5話 ホープ着陸

          第4話 ホープ重力圏

          「全員が顔を合わせるのは地球を出発して以来だな。諸君と無事再会できたことを嬉しく思う」 ブリーフィングルームに一堂に会したクルー達を前に、カークランド船長がスピーチをする。 「いよいよ惑星ホープの重力圏に入った」 これまでの途方もなく長い道のりを思えば歓喜の声が上がりそうなものだが、クルー達は各々が万感の思いを胸の内に秘め、硬い面持ちで船長の顔を見据えていた。 「予定通り、本船はこれより軌道を周回しながらホープの地表を調査し、着陸地点の選定を行う。各員は配置につき、着

          第4話 ホープ重力圏

          第3話 退屈な航海

          「地球を出てからそろそろ10年…やっと半分ってところか。まったくとんでもない長旅だよ」 ミキオに代わって管制室のコンソールに座ったオリバーが呟いた。 『旅ですか?行き先を教えてください。観光地をご提案できますよ』 聞こえてくるはずのない女性の声にビクッとなる。任務中の人間関係トラブルを最小化するため、この船のクルーは全員が男性なのだ。 「おい、驚かすなよ…そういえばお前がいたんだった」 『すみません』 「えーと…ドールだっけ?お前、どうやったらオフにできるのかな?アニ

          第3話 退屈な航海

          第2話 アストロマイニング計画始動

          いがみあっていた各国はここにきてようやく団結し、「国際地球復興協力会議(通称:協議会)」が発足。様々な方策が検討されたが、最終的には地球外に活路を見出す方針を決定した。具体的には「人類の居住可能な惑星への移住」、あるいは「レアメタルが豊富な天体からの採取」のふたつの可能性が検討されることになった。 この時代、宇宙探査技術は恒星間航行も夢物語ではない水準に達していた。しかし、それも地球に暮らすすべての人間、数十億人を輸送するとなるとまったく別の話だ。最高性能の宇宙船をもってし

          第2話 アストロマイニング計画始動

          第1話 人類の危機

          人類紀元121XX年(旧暦22世紀)、地球は前世紀から深刻化していた温暖化の影響により、およそ人間が快適に居住できる環境ではなくなっていた。ほとんどの地域で夏季の平均気温は40度を超え、毎日のようにどこかが甚大な水害や干ばつに見舞われる。極地の氷山が融解したことによる海面上昇でいくつかの沿岸地域は浸水し、なすすべもなく放棄された。 北米、ヨーロッパ、アジア、オセアニアの先進各国の主要都市は地上を捨て、生活の場を地下に移していた。地下都市では気温が快適なレベルに保たれ、災害の

          第1話 人類の危機