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第14話 ドクター・ファンの提案

軽く咳払いをして、ドクターがモニターに資料を表示しながら語りはじめた。

「私はこの数ヶ月間、母船でこの惑星の生物群について調査を続けてきた。諸君から提供された生体サンプルを分析した結果、実に興味深いことに、彼らの遺伝子構造が我々を含む地球の生物と極めて似通ったもの――いや、ほぼ同一のものと言っていいことがわかった」

大半のクルーはどうして採掘効率の話から原住生物の話になったのかがわからず怪訝な顔をしたが、ドクターは構わず続けた。

「これは大変な発見だ!何光年も離れた別々の恒星系の惑星の生物が遺伝子構造を共有しているという事実は、旧世紀から提唱されてきたパンスペルミア仮説を裏付けるもので、生命の起源が地球外に由来するという――」

「ドクター、簡潔に頼む」

講釈に熱が入りはじめたドクターを船長が制した。

「失礼。ええ……つまり何が言いたいかというと、我々はこの惑星の生物を労働力として使役できる可能性があるということだ」

「なんだって!?」
「どうやってそんなことが……!?」
「あんなイヌともネコともつかない奴らが使い物になるもんか」

クルー達がどよめく。

「……詳細を」

どうやら結論が簡潔すぎたようだ。船長が再びドクターの発言を促す。

「もちろん今のままでは到底無理だろう。しかし遺伝子構造が既知のものであるということは、“改良”が可能だということだ」

ドクターによると、原住動物の遺伝情報に手を加えることにより、知能や身体能力を向上させることができるという。現にこの時代の社会においては、ゲノム編集は日常的に行われるものになっていた。食物の品種改良をはじめ、遺伝子疾患の治療、富裕層の間では(多くの場合非合法ながら)デザイナーズベビーを誕生させるケースも珍しくはない。人間の都合が良いように、また望むように生物を改変する技術はすでに確立しているのだ。

ドクターの提案というのは、とどのつまり、惑星ホープの原住動物を遺伝子操作により人為的に“進化”させ、訓練を施したうえでメタル採掘作業に従事させるというものだった。

「……なるほどわかった。それで、本当にできるのか?」

クルー達が驚きと戸惑いの色を見せる中、船長が静かに問いただした。

「理論上は、ですね。やってみないとわからないというのが正直なところです……ただ、これまでの議論を鑑みれば、やらないよりはマシだと思いますがね」

いっこうに進展が見られない議論を続けたクルー達は、ドクターの突きつけた現実に何も言えなくなってしまった。

しばらくの沈黙の後、船長が口を開いた。

「……では決を取ろう。ドクターの提案に賛成の者は挙手を」

ミキオを除く全員が手を挙げた。

「……反対の理由を聞こう」

「……なんて言ったらいいのか……論理的な説明はできないのですが、個人的には、ドクターの提案を実行していいものとは思えません。その……倫理的に……」

ミキオは言葉を探しながらといった様子だったが、他のクルーは遮ることなく耳を傾けた。おそらく誰もがミキオと同じ気持ちを大なり小なり抱いていたからであろう。

「しかしこのチームの決議は多数決……それに効果的な対案がないのも事実ですので……ただ、意見としては申し上げておきたいと」

「……すまない。君の理解に感謝する」

ミキオはもちろん、その場にいた誰もが暗い顔をしていた――ただひとりドクター・ファンを除いて。

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