第7話 沈黙の葬送
どうやら相手は非常に運動能力の高い動物のようだ。目にも止まらぬ速さで視界から姿を消した。ということは、襲ってくる時も一瞬だろう。いつ、どこから自分に飛びかかってくるかわからない――ハンスは微動だにせず、全神経を研ぎ澄ませたが、相変わらず砂埃で視界は悪く、EVAスーツ越しにはほとんど何も感じることはできない。ただただ、酸素マスクを通した自分の呼吸音だけが聴覚を支配する。
地球を離れてからこんなに緊張したことがあっただろうか。それどころか、生まれてから一度だってこんな思いはしたことがない。未知の惑星で、未知の脅威に対峙している。ソンミンが倒れた今、襲われたら助けはない。身を守る銃火器もない。
数分――あるいはたった数十秒だったかもしれないが、ハンスにとっては永遠のように感じられた。
結局新たな襲撃はなく、ハンスは危機が去ったと判断した。
「問題が起きた。一旦引き上げる」
とだけ母船へ連絡を入れ、ソンミンの遺体を担ぎ上げて降下船へと乗り込み、軌道上へと上昇していった。
母船に収容されたハンスは、地上であった出来事の一部始終を報告した。
「――わかった。作業は一時中止とする」
カークランド船長は表情ひとつ変えずに答えた。
ソンミンの遺体は医務班によって検死されたのち、彼の私物と共に廃物投棄用のコンテナで宇宙空間へと放出された。亡くなった者を弔う司祭も僧侶も、この船にはいない。そもそも、宗教対立防止の観点から、任務に宗教を持ち込むことは厳に禁止されている。クルーたちはただ沈黙と敬礼をもって離れゆくコンテナを見送った。投棄されたコンテナは次第に惑星の重力に引かれて下降し、いずれ大気圏への再突入で燃え尽きる。
地上任務初日に仲間の一人を失ったにもかかわらず、感傷的になる者は誰一人いなかった。何光年も離れた未踏の惑星での任務――クルー達は各々が地球を離れる前に遺書を残してある。アストロマイナー号のクルー全員が、この任務に決死の覚悟で臨んでいるのだ。
「本日――」
重い沈黙を船長が静かに破った。
「我々は新たな困難に直面した。今後の任務も想定以上に過酷なものになるかもしれない――だが、我々に“撤退”の選択肢はない」
クルー達は敬礼をやめ、船長のほうへ向き直った。
「まずはこの惑星の生物について、徹底的に調査する。総員、ブリーフィングルームへ」
「了解!」
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