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第11話 壁

ベースキャンプの拡充作業は砂嵐が収まり、“光の結界”の効果が最大化される夜間に行われていった。一度に作業できるのは現地時間で半日、地球時間にして6時間以下。クルー達はまだ物資が無造作に積まれたすし詰めの居住モジュールに寝泊まりしながら作業にあたった。

クルー達が地表で生活しながらアストロマイニング計画の主目的たる鉱物――クルー達は単純に“メタル(The Metal)”と呼んでいる――を採掘するためには、居住空間にとどまらず実に様々な設備が必要である。発電装置、空気水精製装置、食料生産設備、廃物処理装置、重機・車輌の格納庫、降下船の発着場、燃料精製施設等々……これらの敷設をたった数人で、しかも地球とはまったく違う環境で行うため作業効率は非常に悪い。もちろんこの事は地球を出る前に想定済みなので、各設備は綿密にモジュール化され、クルー達は何度もトレーニングしてきているが、実際にやってみると思わぬ問題が発生するものである。作業は当初の見積もりよりも大幅に長期化していた。

思わぬ問題といえば筆頭はやはり“原住民”の存在だ。ベースキャンプ敷設作業を始めて間もない頃は結界のおかげで遠ざけられていたが、次第に慣れてきた者が現れ始めた。

「最近あいつら、普通に“入ってくる”よな……」
「ああ、この間なんかソーラーパネルにウンコみたいなのがついてたぜ」
「まあ今のところ俺達に襲いかかって来る様子がないのが救いだが」
「さすがに体の大きさが違うからね。取って食える相手とは思ってないんじゃないかな」

とはいえ、クルー達は宇宙ネコのためにすでに仲間を一人失っている。これ以上の犠牲は何としても避けたい。安全を確保すべく議論したすえに出た方策は、“壁を作る”という極めて原始的なものだった。

「まあ、効果はあるかもしれないな。現段階では空を飛ぶ生物は確認されていない。宇宙ネコのジャンプ力は未知数だが、身体の構造からしておそらく4メートルを超えることはないだろう」

軌道上の母船からリモートで会議に参加していたドクター・ファンのアドバイスをもとに、高さ4メートルの壁でベースキャンプのコア――居住施設や生命活動に必要なインフラ設備を囲むことにした。

「しかしどうやって作る?プリンターじゃさすがに壁は作れないぞ」
「うーむ……現地調達するしかないな」
「現地調達って?」
「石だよ」
「……マジで?」

アストロマイナー号には三次元プリンターや金属加工機械が備えつけられているが、それはちょっとした道具や部材の作成や補修を目的としたものだ。壁のような構築物となると石を積んだほうが手っ取り早い。本格的な建設に取り掛かる前に試作品をということで、手近な山から切り出した1メートル四方ほどの岩石がベースキャンプの側に積み上げられた。これを水平に並べていけば“壁”の出来上がりという寸法だ。なるほどこれなら原住動物の侵入を防ぐには十分以上、昼間の砂嵐にも容易に耐えうるだろう。採石の過程でメタルの産出も期待できて一石二鳥だ。

採掘用の重機は揃っている。土地の所有権を主張する者もいない。必要なのはマンパワーと時間だけ――建設の続行が決まった。

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