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第5話 ホープ着陸

任務の遂行に関する決定は、すべてアストロマイナー号のクルーに委ねられている。地球と交信して何かおうかがいを立てながら任務を遂行しているわけではない。なぜなら、惑星ホープから地球までは何光年も離れているからだ。仮に交信するとすれば、何か話しかけたとしても地球から返事が帰ってくるのは何年も先になってしまう。

「撤退」か「共生」か、あるいは「排除」かーークルーたちは“原住民”の対応について協議したが、彼らが高度に発達した知的生命体なのか、あるいはバクテリアのような原始的なものかもわからない段階では答えは出なかった。

それに、この任務には地球人類の命運がかかっている。これまで費やされてきた時間と労力、そして費用は計り知れない。原住民がどのような生物であろうと、クルー達におめおめと地球に逃げ帰るという選択肢はなかった。カークランド船長は、惑星ホープへの着陸を決断した。

巨大なアストロマイナー本体は「母船」として軌道上に留まり、着陸は小型の降下船で行われる。先陣を切るのは工作班、最年長のハンスと軍人上がりのソンミンだ。彼らの任務はクルー達の地上基地ーーこの惑星におけるベースキャンプの設置だ。建設資材や重機を積んだ船を、慎重に地表に降下させていく。失敗は許されない。とはいえ、この時代のテクノロジーは高度な自動制御が可能になっており、パイロットがすべきことは着陸地点の座標を入力するだけだ。ハンスとソンミンはモニター越しに近づいてくる地表の様子を凝視する。

10メートル、5メートル、4、3、2、1……タッチダウン、エンジン停止。

「ふう、鷲は舞い降りた」

ハンスは安堵して顔をぬぐった。辺りは降下船が巻き上げた砂塵でもうもうとしている。着陸からしばらく経ってもなかなか収まらない。周辺は砂漠のような環境らしい。いっこうに視界がクリアにならないので、理想的な状態とは言い難いが船外活動を開始することにした。

ハッチを開ける前にEVA(船外活動)スーツの状態を入念にチェックする。惑星ホープには大気があるものの、猛毒の硫化水素が高濃度に含まれていることが事前の調査によって判明している。もしスーツの気密が確保されていなければ、一瞬で呼吸が麻痺して死に至る。(余談だが、硫化水素は地球上では火山ガスなどに含まれており、一部の温泉ではおなじみの卵が腐ったような臭気の元である。ごく低濃度であれば悪臭程度だが、長時間あるいは高濃度に晒されれば有毒であり、実際に登山者や温泉客が中毒死する例もある)

降下船のハッチが開かれた。ハンスがタラップを一歩一歩慎重に降り、ついに惑星ホープの大地を踏んだ。

「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ」

どうやらハンスは人類が初めて月面着陸を果たした瞬間を模倣するのが好きなようだ。

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