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第6話 襲撃

依然砂埃のために視界は悪いが、うっすらと周囲の様子が見えてきた。空も地面も見渡す限り黄土色一色で、ほとんど濃淡によってでしか物を識別することができない。目に入るものといえば一面の砂地と岩、遠くの山、そしてところどころに生えている植物とおぼしき物体。地球の地下都市のほうがまだましと思える、実に荒涼とした景色だ。

周辺の安全を確認したハンスとソンミンが、さっそくベースキャンプの敷設に取り掛かった。コンテナ式の居住モジュールを降下船から搬出し、ローバーで牽引して配置していく。クルーが寝泊まりする部屋、ミーティングルーム、貯蔵庫、簡易炊事設備、衛生設備、電源設備、生命維持装置等々――長期間の任務にあたるクルーたちのために、それなりに快適な生活が送れるように設計されている。

敷設作業は順調に進んだ。地球より少しだけ重力が小さいため、重い機材でも比較的楽に扱える。なにより20年にもおよぶ長い航海のすえにようやく仕事ができる喜びから、陽気なハンスは鼻歌交じりに作業にあたっていた。

「――!?――!――――!!」

突然、無線越しにハンスの耳に叫び声が入った。声の主はソンミンだが、何を言っているのかはわからない。おそらく彼の母国語だろう。ただごとではない気配を察してあたりを見回すと、何かうごめくものがソンミンに覆いかぶさっている――動物だ!小動物が複数体、ソンミンに襲いかかっている!

「ハンス!助けてくれ……!!」

ハンスは無我夢中でそのへんに落ちていた工具や部材を小動物に向かって振り下ろした。

「どけ!どけ!」

攻撃に怯んだ小動物はソンミンから離れていき、砂埃の向こうへ飛ぶように走り去っていった。

「大丈夫か!?ソンミン!おい!」

倒れたソンミンを抱きかかえるが、すでに事切れているようだった。EVAスーツには小さな引っかき傷のような痕が無数にあったが、大きなダメージではない。致命傷になったのは呼吸装置の破損だろう。マスクの気密が失われたことで猛毒の大気を吸引してしまい、中毒死に至ったのだ。

ソンミンはもう助からない。ハンスは第二波の襲撃を警戒し、工具を握りしめて注意深く周囲を見回した。

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