コーティングで幸せになれるか?(その3)

基本が理解できた?ところで、ようやく例のコーティングの話にいきましょう。この有名ブログで紹介されている実験が正しいとすると、チェーンやチェーンリングをコーティングをしていないものに比べてコーティングをすると、

気温20℃、130rpm、40km/h走行時に10ワットのフリクション軽減

したとのこと。明確な説明がメーカーのページにはありませんが、「シングルナノチタンによるベアリング効果」をうたっているからには、前々回載せた以下のようなイメージなんだと思われます(赤い点が5ナノメートルくらいの「シングルナノチタン」)。


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しかし、前回、マクロ現象としての摩擦の起源が接触面のミクロな結合にあると説明しました。つまり、チェーンとギアの摩擦は100ナノメートルくらいの凸凹が接触しているところ(真実接触点)で発生していて、上の図のイメージとは違います。実験が正しく、チタンの粒子が摩擦軽減に役立っているとすると、真実接触点付近でチェーンとギアの金属の凝着を弱くしている、ということになります。

スクリーンショット 2020-05-28 11.17.03

例えば、上の図で言えば、3箇所の真実接触点付近(赤丸)にチタン粒子が挟まって、凝着を妨げている、ということです。

しかし、ここから先はチェーン表面の電子顕微鏡写真がないので想像ですが、おそらくこういうことにはなっていないと思われます。5nm という小さい粒子を「ベアリング」のように凸凹の金属表面に薄く(たとえば1層で)くっつける、ということができるとは思えないし(普通のクロムメッキは2桁くらい厚い)、チタン粒子の結合が弱いというのがウリなので、真実接触点付近で凝着と分離が繰り返されとすぐに剥がれてしまう(あるいは、凹のところに溜まってしまう)からです。

10Wの真偽はともかく、摩擦が低減したというのは事実なのでしょう。これも想像でしかないですが、実際には、以下の図のようになっているのではないでしょうか。

スクリーンショット 2020-05-28 11.29.46

つまり、「ナノチタン」が100ナノメートル = 0.1 ミクロンくらいの層(赤い点の集合)をなして、ギアやチェーンの表面の凸凹を覆っている、ということです。そして、ギアとチェーンは地の金属どうしの真実接触点ではなく、チタン層(これも完全に滑らかではなく凸凹しているはず)の真実接触点で接触している、ということです。そうすると、粒子同士の結合が弱い(とメーカーは言っている)ので、真実接触点での凝着もすぐにきれて、結果として、マクロな摩擦力も弱くなる、というわけです。

さて、上の想像が正しいとすると、

じゃあ、コーティングじゃなくて、オイルでも同じじゃね?

と思いませんでしたか? おそらく、それは直感的には正しいと思います。潤滑油は液体で、液体の分子どうしの結合は金属粒子よりも弱いために、ミクロな摩擦(凝着)も弱くなります。なので、われわれは、チェーンにオイルを塗るわけです。オイルの種類によって摩擦が違うのも体験してますよね。結局のところ、結合の弱いチタン粒子をコーティング、というのはオイル(あるいはワックス)を塗る、というのと本質的に同じではないかと思います。結合が弱いので、何1000kmか使うと剥がれてしまうのもオイルと同じです(ただし、値段が全然違う)。

有名ブログで紹介されている実験 には詳細が書かれていないのでわからないのですが、コーティングvs.非コーティングの比較ではなく、本来、完璧に洗浄したギアやチェーンに対して、
オイルあり vs. コーティングあり、の比較をするべき(オイルやワックスはいろいろと変える)だったと思います。

ついでに言うと、実際の走行ではチェーンに砂とか汚れとか、(鹿児島だと火山灰)が付着します。砂粒は小さいものでも、0.1mmくらいだと思いますので、上の2つの図のスケール100nm の1000倍くらいも大きいです。ミクロな凝着点からみると、巨大な岩石が挟まっているようなものです。現実のドライブトレインのフリクションはほとんど、この汚れが決めているのではないかと思います。なので、オイルを多めに(厚くして)摩擦を軽減するわけです。

別の言い方をすれば、最初にどんな素晴らしいコーティングをしていようとも、汚れれば一緒、という身も蓋もない結論になってしまいますね。屋内のトラック一発勝負のレースなんかだと意味あるのかもしれません。

(了)



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