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一期一会の本に出会う (7)この宇宙に瞬間はない? ゼノンの「飛ばない矢」のパラドックスを解決する

京都の龍寶山大徳寺で購入した色紙。「一期一会」と書いてある。最初の「一」がすごいですね。

「銀河のお話し」の状況設定と同じです。 こちらをご覧ください。 https://note.com/astro_dialog/n/n7a6bf416b0bc

オルバースのパラドックスに学ぶ

天文部の部会で話題になった「オルバースのパラドックス」の話はためになった。普通のパラドックスは仮定されたことが間違っている。だから、常識に合わない結論が出てくる。しかし、「オルバースのパラドックス」は違う。仮定はどうでもよいのだ。だから多くの人が迷い、間違った論理展開をして墓穴を掘った。考えてみれば、こんなパラドックスには出会ったことがない。

昨日の天文部の部会では「オルバースのパラドックス」で仮定されていたことはたしかに間違っていたことを確認した。確認したことは次の二つだ。

・この宇宙の大きさは無限大ではなく、有限である
・この宇宙にある星の個数は有限である

仮定されたことが間違っていたので、自動的に「オルバースのパラドックス」が解けると思ったら大間違い。夜空が暗いのは宇宙が無限かどうかとは関係ない。単に、夜空を明るくするほど、この宇宙は星を作れないだけなのだ。星を作る物質が足りない。言葉を変えて言えば、この宇宙はエネルギー不足なのだ。まあ、そのおかげで人類は生命を得たのだろう。夜空を覆い尽くすほどの星があれば、惑星は灼熱地獄になる。そうならない宇宙だから私たちのような生命体がいるということだ。「オルバースのパラドックス」さまさまである。

さて、今日の部会はどんな話題で盛り上がるのだろう。

宇宙にゼロはあるのか?

「無限大と関連してなんですけど、この宇宙にゼロはあるんでしょうか?」
非常にいい質問が出た。輝明は待ってましたとばかりに答えた。
「僕は無い方に賭ける。」
優子はちょっと驚いたが、念押しの質問をした。
「ゼロはないんですね?」

輝明はゼロが無いことを示す、よいパラドックスを思いついた。
「優子は「ゼノンのパラドックス」というのを知ってる?」
「はい、聞いたことがあります。「アキレスと亀」とか、「飛ばない矢」とかですね?」
「おお、すごい、それだ。」
輝明は優子の知識の広さに関心した。
「じゃあ、「飛ばない矢」のパラドックスについて考えてみよう。」
「はい。」
優子はなんだかワクワクした。実は、この「飛ばない矢」のパラドックスはよくわかなかったからだ。

「雑誌『別冊Newton』の「絵でわかるパラドックス大百科」を見てみよう。」
天文部の部室の本棚にはかなりの数の『別冊Newton』が並んでいる。輝明は書棚から「絵でわかるパラドックス大百科」を取り出した(図1)。

図1 雑誌『別冊Newton』の「絵でわかるパラドックス大百科」増補第2版、2021年。

「ゼノン(紀元前490年頃-紀元前430年頃)は古代ギリシアの哲学者だ。さまざまなパラドックスを提示したことで有名だ。まずは、ゼノンのパラドックスのひとつ、「飛ばない矢」がどういうパラドックスか見ておこう(図2)。」

図2 ゼノンのパラドックスの「飛ばない矢」のパラドックスの説明。

「このパラドックスを図示すると、図3のようになる。」

図3 ゼノンのパラドックスの「飛ばない矢」のパラドックスの説明。位置(横軸)と時間(縦軸)はそれぞれxとtで表す。矢は現在、x=X, t=T にいる。

「矢を射ると、矢は飛んでいく。弓道部の練習を見ればわかるとおりだ。」
「矢は飛ぶのに、飛ばない。変なパラドックスですよね。なんだか、屁理屈みたい。」
優子は首を傾げる。
「じゃあ『別冊Newton』の解説を見てみるよ。カメラで飛んでいる矢を写すことを考える。撮影には露出時間というものがある。1秒とか1/100秒とか設定できる。しかし、露出時間をゼロにすることはできない。つまり、一瞬には必ず時間の幅があると説明している。さらに、物理学では、時間は「連続的」なものとしてみなしていて、どんなに細かく分割しても時間の幅はゼロにならない。ゼロにならないということは、その間にも矢は動いていると説明している。どうだい、わかったかな?」
「要するに、時間の幅をゼロにできないから、矢は飛んでいくということですね?」
「そうだね。」
「でもパラドックスでは「瞬間=時間の幅がゼロ」を仮定しているんじゃないでしょうか?」
「優子の言うとおりだ。この仮定が間違っているのなら、瞬間は存在しないことになる。時間の幅をゼロにすることはできないということだ。」
「それでいいんでしょうか?」
「矢は飛んでいくんだから、いいんじゃないかな。」
輝明は、さも当然という感じで答えた。

この宇宙に瞬間は存在しない

「さて、瞬間は存在しないということは、時刻 t = T は存在しないことを意味する。」
「じゃあ、正午をお知らせします、ピーとかいう時報はどうなるんですか?」
「かなり正午に近い時刻だけど、厳密にはわずかながら、時間の誤差があると思えばいいんじゃないかな。」
「12時0.000000001秒とかですね。」

優子は図3を見て、考え込んだ。そして、質問してきた。
「時刻 t = T は存在しない。これは図3の時間軸のことですが、同様に位置の軸でもこれが当てはまるんですか? つまり、位置 x = X は存在しない?」
「優子、鋭い!」
「実は、今、優子と同じことを考えていたんだ。優子の言うとおり、位置 x = X は存在しないと思う。」
「それでいいかなあ・・・。」
優子は自信なげだが、輝明はキッパリと主張した。
「いい。なぜなら、すべての物理量は揺らいでいるからだ。」
「?」
「これはミクロの世界を扱う量子力学では常識だ。「不確定性原理」と呼ばれる考えで説明される。位置も、速度も、エネルギーも、時間も揺らいでいるんだ。」「正確に測定できないということですね。」
「マクロの世界ではこのことは忘れられている。ところが、今議論した、非常に正確な時刻や位置の測定になると、最後の有効数字はミクロの世界を反映している。すべての物理量は揺らいでいる。これはあらゆる測定で考慮する必要があったんだ。」

揺らぐ物理量

「図1では矢が止まっているとした。x = X、そして t = T。つまり、位置も時刻も厳密に値が決まっているとした。しかし、今度は位置も時刻も揺らいでいるとする。揺らぎの量はそれぞれΔXとΔTとしよう。すると、位置と時刻は次の範囲にある (図4)。

x = [X1, X2] = [X−ΔX, X+ΔX]
t = [T1, T2] = [T−ΔT, T+ΔT]

いいかな?」
「はい。」

「ここで大事なことは位置も時間も揺らいでいるので、ΔXとΔTは決してゼロにならないということだ。」

ΔX 0
ΔT
0

「これがポイントですね。」

「ゼロでないことを強調した。実際には正の値で OK なので、次の条件になる。」

ΔX > 0
ΔT >
0

図4 t = T における矢の位置と時刻にはそれぞれΔXとΔTの揺らぎが存在する。

矢は飛んでいる!

「位置も時刻も今度は有限の範囲の値をとる。そこで、矢の速度を求めてみよう。速度は移動した距離を、移動に要した時間で割れば出てくる。この計算をすると、図5に示したようになる。」

図5 t = T における矢の速度を求める方法。位置と時刻の揺らぎの範囲で、移動した速度を、移動に要した時間で割れば速度が求まる。

「さて、矢の速度が求まった。速度はゼロかな?」
「いえ、 v = ΔX/ΔT です。ΔXもΔT もゼロでない正の値なので、速度は正の値
になります。」

「つまり、速度vは正の値なので、矢は飛んでいく。問題はない。」

そして、優子は気がついたようだ。
「あっ! これって、数学で習った微分v = dx/dt と同じですね。矢が飛んでいる。そして「速度は位置の微分」で求まる。万々歳です。」
「これで「飛ばない矢」のパラドックスは解けた。」
「v = dx/dt との微分をするとき、dt → 0 の極限を取った。だけど、dt = 0 にはできない。数学で微分を習ったとき、次の式を見たね。」

 

「はい。」
「ここでは h をゼロに近づけていく操作をする。このとき、右辺の分子にある f(x+h) – f(x)もゼロに近づいていく。形式的には 0/0 になっていく。しかし、これは禁じられた算数だ。つまり、限りなく0/0に近づくけど、分子も分母もゼロになることはない。」

「ふむ。この宇宙にはゼロがないということか・・・。」
今まで、算数、数学、物理で散々お世話になってきたゼロ。しかし、それは計算の便宜のためにあった「記号」だったのだ。
概念としてのゼロ。これからも大切にお付き合いしていこうと優子は思った。おっと、概念としての無限大も大事にしよう。律儀な優子であった。


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(1) 『夜空はなぜ暗い?』 by エドワード・ハリソン
https://note.com/astro_dialog/n/n74ec5fa3dc93

(2) オルバースのパラドックスの徹底解明 『夜空はなぜ暗い?』 by エドワード・ハリソン に学ぶ
https://note.com/astro_dialog/n/n37a8fb2e4e23

(3) 2049年に一度、夜が来る惑星カルガッシュニスみたいですか?https://note.com/astro_dialog/n/n6440aa8d95ad

(4) 『漱石と「学鐙」』 夏目漱石は天文学に関心があったのか?https://note.com/astro_dialog/n/nf4444262e79d

(5) 漱石全集を買ってしまった 文理両道を行く夏目漱石https://note.com/astro_dialog/n/n742ab1059775

(6) この宇宙に無限大はない?https://note.com/astro_dialog/n/n0d9ff472f548

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