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一期一会の本に出会う (3)2000年に一度しか夜が来ない惑星

京都の龍寶山大徳寺で購入した色紙。「一期一会」と書いてある。最初の「一」がすごいですね。

「銀河のお話し」の状況設定と同じです。 こちらをご覧ください。 https://note.com/astro_dialog/n/n7a6bf416b0bc

地球の昼と夜

また次の日の放課後、天文部の部室に入ると、思案顔の優子がいた。何かぶつぶつ言っている。
「朝、東の空から太陽が昇る。そして、夕方、西の空に太陽が沈む。その間はお昼で、明るい。太陽が沈んでいる間は、空は暗いけど・・・。何もお星様が空いっぱいになくても、いいんじゃないだろうか・・・。」
輝明が部室に入ってきたことにも気がついていないようだ。
「優子、どうした?」
「あっ、部長。」
「なんか悩み事かな?」
「ハリソンさんの『夜空はなぜくらい?』のおかげで、オルバースのパラドックスはすっきり解けたのはいいんですが・・・。」
「うん、すごい本だったね。」
「ちょっと、気になったのは、地球のことです。」
「というと?」
「太陽がもう一個あって、二個の太陽があれば、夜は無くなるんじゃないかと思って。」
「なるほど、いいところに気がついたね。そもそも、太陽一つで昼間明るいのは、地球の大気が太陽光を散乱してくれているからだね。もし、地球に大気がなければ、昼間に見えるのは光っている太陽の表面だけだ。」
「そうでした。」

「それから太陽が二個ある場合でも、いろいろ条件がある。
まず、太陽のような星が地球の周りを回ってくれるんなら、つまり、天動説なら話は簡単だ。二個の太陽が、ちょうど反対側にあって、昇ったり沈んだりしてくれればいい。」
「そうですね・・・。そうか、でも地動説でした。地球が星の周りを回るんですね。ちょっと、ややこしそうです。」
「星の方が地球のような惑星より重い。星が二個あると、連星と呼ばれるけど、まずはそれらの星同士がお互いの周りを回る。地球のような惑星が、どちらの星に属しているか、どういう軌道運動をしているか、さらに自転の効果も考えないといけない。」
「うーん、これは大変ですね。」

「ちょうど、いい本がある。ほら、これだ、」
「『夜来たる』・・・。なんだか、意味深なタイトルですね。」
「この物語に出てくる惑星では、2049年に一回だけ夜が来るんだ。」
「2049年に一回? あとは、ずっと昼なんですか?」
「という設定になっている。ちょっと、読んでみるかい?」
「はい。」

『夜来たる』

「『夜来たる(nightfall)』は米国の作家アイザック・アシモフ(1920-1992)が1941年に書いたものだ。もともとは短編のSF小説だったけど、のちに長編版も出した。僕の手元にあるのは創元SF文庫の『夜来たる 〔長編版〕』だ(I. アシモフ & R. シルヴァーバーグ著、小野田和子 訳、東京創元社、1998年)。」
「文庫ですけど、結構分厚いですね。」
「ざっと、550ページ。」
「ひえーっ! ハリソンやケルヴィン卿の本も分厚かったですが、まったく負けていないですね。」
「アシモフは生化学者だけど、たくさんSF小説や科学解説書を書いたことでも有名な人だ。」

図1 創元SF文庫の『夜来たる 〔長編版〕』(I. アシモフ & R. シルヴァーバーグ著、小野田和子 訳、東京創元社、1998年)。

2049年に一度だけの夜が来る惑星「カルガッシュ」

「さて、『夜来たる』だ。この本に出てくる惑星の名前はカルガッシュ。六つの太陽があるので、いつも一個以上の太陽が空にある。だから、カルガッシュは夜が来ない惑星だった。

この小説の書き出しを見てみよう(15頁)。

目の眩むような四太陽日の午後。黄金色の偉大なオノスは西空高くにかかり、赤い小さなドヴィムはその下の地平線から足早に店に駆けのぼろうとしていた。反対の方を見れば、紫がかった東の空には明るく白く輝く二つの点、トレイとバトル。 

カルガッシュでは、太陽にはそれぞれ名前が付けられている。この日は四太陽日なので四個の太陽が出ている。オノス、ドヴィム、トレイ、そしてバトル。一つの太陽しか知らない私たちには、異様な光景に映るだろう。」
「想像できませんね。」
「ところで、この惑星では不思議なことが起こってきた歴史がある。2049年毎に大火災が発生し、都市を焼き尽くす大惨事が起こってきたんだ。」
「2049年毎。ということは周期が決まっているんですね。」
「なぜ、そうなのか? 物語の最初では、その理由は不明のままだ。」

謎めいたSFのようだ。

「ここで、一人の天文学者が登場する。ビーネイという人だ。彼はコンピュータを駆使して、六つの太陽と惑星カルガッシュの精密な位置計算をおこなっていた。ところが、いくら計算しても、観測とコンピュータの理論予想が合わない。合わせるためにはどうすればよいか? ビーネイは考えた末に、一つの答えに行き着いた。もう一つ惑星があればよいと。」

「ということは、六個の太陽と二個の惑星があるということですね。」

「だが、誰も二個目の惑星を観測したことがない。とりあえず、それにカルガッシュIIと名付け、質量、大きさ、そして予想位置を決めるための計算を続けた。すると、驚くべき結果が出た。2049年に一度、日食が起こるのだ。太陽の一つであるドヴィムだけが空に出ているとき、カルガッシュIIがドヴィムを隠し、皆既日食が起こる。そのとき、ビーネイ達が経験したことがない出来事が起こる。夜が来るのだ。」

「うわあ、そういう設定だったんですか。アシモフさん、すごい人ですね。」

「暗闇に襲われた人々はどうするか? 突然の闇は恐ろしい。人々は、灯りを求めて火を放つのだ。ビーネイは理解した。なぜカルガッシュでは2049年毎に大火災が発生し、都市が焼き尽くされたのかが。」
優子はポカーンと口を開けたままだ。
「この本、貸してあげるから、家でゆっくり読んでみるといい。」

「わあ、嬉しい! 一期一会の本になると思います。」

それにしても、輝明部長はタイムリーにいろいろ用意してくる人だ。ひょっとして、未来が見えているのだろうか?

ふたご座のα星カストルは六重連星!

「優子は「ふたご座」のα星カストルを見たことがあるだろう。」
「はい、何回もあります。」
「ちょっと、スライドで見てみよう。」
輝明はパソコンを立ち上げ、スライドを映してくれた。
「実は、カストルは六重連星なんだ(図2左)。肉眼で見る限り、一個の星にしか見えない。しかし、図2の右に示すように六個の星から成っている。」

図2 (左)「ふたご座」のα星カストル(丸印で囲まれた星)。カストルの下に見える明るい星は「ふたご座」のβ星ポルックス。 [撮影:畑英利]、(右)六重連星の構造。カストルのA星、B星、およびC星はそれぞれ二重連星である。A星とB星はさらに連星を成しており、四重連星になっている。これがさらにC星と連星を成すので、合わせて六重連星になる。

「カストルは三個の連星から成っている。図2の右のパネルに示したように、カストルにはA星、B星、およびC星があり、それぞれが二重連星なのだ。そして、ややこしいんだけど、A星とB星は連星を成しているので、四重連星になっている。これがC星と連星を成すので、合わせて六重連星。つまり、六個が個別の星として存在しているわけではなく、三つの連星系があって、それらが組み合わさって六重連星を作っている。」
「当然、惑星もあるから、ひょっとしたらカルガッシュのような惑星もあるかもしれませんね。」
「カストルは特別な星じゃない。現在観測されている連星では七重連星まであることが分かっている。そのような多重連星の中にある惑星では、昼の時間が長いだろう。カルガッシュのように夜が来るのが2000年に一度という例があるかは分からないけどね。」

「それにしても、アシモフさんは面白い物語を書きましたね。書いたのが1941年。うーん、信じられません。」

夜空が暗いのは人類のため?

「では、空に太陽がいっぱい見えたらどうなるか? 空がたくさんの太陽で覆われた状況を考えてみる。太陽を並べて全天を覆うには約20万個必要だ。空の半分は地平線の下なので、地平線の上にある太陽の個数は20万個の半分、10万個だ。見上げれば、いつも10万個の太陽が輝いている。実は、これはかなり危険な状況だ。なぜなら、日本の平均気温は100万℃を超えるからだ。」
「猛暑日どころじゃないですね!」
「とても、僕たちが耐えられる気温じゃない。人類は焼け死んで、地上から消える。もし、オルバースのパラドックスがパラドックスではなく、現実のものであったとしたらどうなるかわかっただろう。昼も夜も太陽がいっぱいの空を見上げることになる。ありがたいような気もするが、それは勘違いだ。地球は灼熱地獄の世界になっている。そして、オルバースのパラドックスという言葉は決して生まれなかった。」
「なぜですか?」
「なぜなら、その世界に、人はいないからだ。」

優子はようやく理解した。
「夜空が暗いのは人類のためだったんだ・・・。」


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(1) 『夜空はなぜ暗い?』 by エドワード・ハリソンhttps://note.com/astro_dialog/n/n74ec5fa3dc93

(2) オルバースのパラドックスの徹底解明 『夜空はなぜ暗い?』 by エドワード・ハリソン に学ぶ
https://note.com/astro_dialog/n/n37a8fb2e4e23


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