見出し画像

宮沢賢治の宇宙(84) なぜ川は二つに分かれたのか?

天の川の正体

我々によって観察されたのは、天の川自体の本質、すなわち実体である。それは覗き眼鏡のおかげで感覚を通じて精査することができ、その結果、何世紀にもわたって哲学者たちを悩ませてきた論争のすべてが、眼でわかるような確実さによって解消され、我々は言葉の上での議論から解放されるだろう。というのは、銀河とは、集まって塊になった無数の星の群れに他ならないからである。 (『星界の報告』伊藤和行、講談社学術文庫、2017年、49頁;原著はラテン語で書かれ、1610年にイタリアで出版された)

イタリアの科学者ガリレオ・ガリレイ(1564—1642)は望遠鏡を使って宇宙を調べた最初の人だ。

1608年、オランダのレンズ職人であったハンス・リッペルハイ(1570—1619)はレンズを組み合わせると遠くのものが大きく見えることに気がついた。これがレンズを使った望遠鏡(屈折望遠鏡)の発明となった。この噂を聞きつけたガリレオは早速望遠鏡の製作を試みた。科学者である彼は器用に望遠鏡を作り上げた。そしてそれを天に向けたのである。1609年のことだ。

人間の目の瞳の大きさは7 mm程度である。目は二つあるので、私たちは口径7mmの双眼鏡でものを見ている。一方、ガリレオが製作した望遠鏡のレンズの口径は 4 cm である。人間の目に比べると口径比の二乗で光を多く集めることができる。(40/7)の二乗 = 33。したがって、ガリレオの望遠鏡を使えば、33 倍も多くの光を集めることができる。1等級の差は2.5倍なので、約4等級暗い天体まで見ることができる。肉眼で見える星は6等星までだが、ガリレオの望遠鏡を使えば10等星まで見える。口径4 cm の小さな望遠鏡とはいえ、あなどれないのだ。

そして、冒頭の文章にあるように、天の川がたくさんの暗い星々の集まりであることを初めて科学的に突き止めた。天の川が雲のように白い帯のように見えるのはたくさんの星々が集まっているからだったのである。

ジョバンニの先生は知っていた

宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』の第一節、「午后の授業」でジョバンニたちの先生が天の川の正体について説明する。

「ですからもしもこの天の川がほんたうに川だと考へるのなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利の粒にもあたるわけです。またこれを大きな乳の流れと考へるならもっと天の川とよく似てゐます。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでゐる脂油の球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云ひますと、それは真空といふ光をある速さで伝へるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮かんでゐるのです。つまりは私どもも水のなかに棲んでゐるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちゃうど水が深いほど青く見えるやうに、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集まって見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  (『【新】校本 宮澤賢治全集』第十一巻、筑摩書房、1996年、124-125頁)

先生はガリレオの発見をきちんと理解していたのである。しかし、ジョバンニたちの先生は天の川銀河の正体を知らなかった。当時の天文学は、まだ天の川銀河の本質を見抜けていなかったからだ。

天の川の光と影

天の川銀河のみならず、どんな銀河でも、その本質を見抜くのは難しい。銀河の屋台骨を支えているのは、目に見えないダークマターだからだ。

可視光で見る銀河の形はざまざまだ。銀河の形は米国の天文学者エドウイン・ハッブル(1889-1953)が分類体型を作った。1920年代のことだが、このハッブル分類は今でも銀河の形態分類として用いられている(図1上)。

可視光で見える銀河の姿は、可視光を放射している星の空間分布だ。楕円銀河の場合は、星は回転楕円体構造の中にあるので、見かけは楕円に見える。一方、渦巻銀河は円盤とバルジがある(図1中央)。可視光で見えれば、銀河はいろいろな形をしていて、見るだけで楽しい。ところが、ダークマターで見ると事情は一変する。楕円銀河も渦巻銀河も銀河を取り巻くダークマターのハローが見えるだけになる。形はほぼ球。どの銀河も同じだ。もう、銀河の形を楽しむことはできない。

銀河の影絵については以下のnoteを参照

図1 (上)銀河のハッブル分類、(中央)楕円銀河と渦巻銀河の基本構造、(下)ダークマターで見た楕円銀河(左)と渦巻銀河。ダークマターで見ると、両者は区別がつかない。

川は二つにわかれました

『銀河鉄道の夜』を読み進めていくと、次の文章に出くわす。

その窓の外には海豚のかたちももう見えなくなって川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛い服を着て赤い帽子をかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。 (『【新】校本 宮澤賢治全集』第十一巻、筑摩書房、1996年、157頁)

そして、次の文章もある。

そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖の上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。  (『【新】校本 宮澤賢治全集』第十一巻、筑摩書房、1996年、159頁)

川は二つにわかれました
川からはなれて崖の上を通る

これらの表現は何を意味するのだろうか?

ここで、川は天の川のことだ。したがって、二つに分かれるのは天の川の様子を意味している。そこで、天の川の全天写真を見てみよう(図2)。左から見ていくと、「わし座」のあたりから、天の川の明るい部分は確かに二本に分かれていく。この様子は、ウイリアム・ハーシェルが作成した天の川の地図でも見えている。

図2 全天写真で見る天の川。写真には「夏の大三角」を形作る「こと座」のヴェガ、「はくちょう座」のデネブ、「わし座」のアルタイルの位置を示しておいた。ハーシェルの天の川の地図は左右反転し、写真と会うように角度の調整を行なっている。 https://www.eso.org/public/images/eso0932a/ https://ja.wikipedia.org/wiki/ウィリアム・ハーシェル#/media/ファイル:Herschel-Galaxy.png

天の川は「わし座」のあたりから右に向けて2本に分かれていく。これは、銀河の円盤部に暗黒星雲があり、その見かけの効果である。

黒いいろの崖

崖の色は黒い。つまり、崖は暗黒星雲に相当している。

昔の天文学の教科書には説明があるのか?

そういえば、昔の天文学の教科書には天の川の見え方が書いてあるのだろうか? 気になって探してみたら、一冊の本を見つけた。横山又次郎による『改訂 天文講話』という本だ(図3)。

図3 横山又次郎による『改訂 天文講話』(早稲田大学出版会)。

奥付けを見てみると、初版は明治35年(1902年)。私の持っているのは再訂(改訂の改訂版)十一版で、昭和2年(1927年)に出たものだ(図4)。海底の歴史を見ると、かなり売れていた本であることがわかる。賢治も読んでいた可能性はあるだろう。

図4 横山又次郎による『改訂 天文講話』(早稲田大学出版会)の奥付け。

この本に天の川(銀河)の見え方が説明されている(図5)。

図5 横山又次郎による『改訂 天文講話』に出ている天の川(銀河)の見え方。

この説明によると、「はくちょう座」で二股にわかれ、また「舟型(なんの星座か不明)」でも分かれていると書いてある。図3を見ると、確かに「わし座」というよりは、「はくちょう座」のあたりから、暗黒星雲(「北の石炭袋)」)のせいで、天の川は二つに分かれて見える。『銀河鉄道の夜』の説明は、この本に出ている説明から採ったものかもしれない。

なお、賢治の愛読書であった『肉眼に見える星の研究』(吉田源次郎、警醒社、大正11年 [1922年])には、このような説明は出てこない。

ダークレーンが作る銀河の模様

天の川を見ると暗黒星雲の帯(ダークレーンと呼ばれる)が天の川の見え方に大きな影響を与えていることがわかった(図2)。しかし、可視光で見る銀河の基本構造は星の分布が決めている。さらに骨格ということでああれば、ダークマターが決めている(図1)。

暗黒星雲の帯(ダークレーン)が作る構造は、銀河円盤にあるガス雲の分布を見ているだけである。その意味では、二次的な構造になる。川が二つに分かれて見えることもあれば、見えないこともある。すべてはダークレーンのありようによるからだ(図6)。図6にはダークレーンのない銀河(NGC 4565)と、ある銀河(NGC 4672)の写真を示した。

図6 (上)ダークレーンのない銀河(NGC 4565)と、(下)ダークレーンのある銀河(NGC 4672)。 https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/5e/NGC4762_-_SDSS_DR14.jpg https://ja.wikipedia.org/wiki/NGC_4565#/media/ファイル:NGC_4565_and_4562.jpg

ダークレーンである暗黒星雲の正体は密度の高いガス雲である。その中では星がたくさん誕生する。数千万年後かもしれないし、数億年後かもしれない。いずれにしても、そのとき、二本に見えた川は一本になる(図7)。

図7 (上)ダークレーンのない銀河(NGC 4565)と、(下)ダークレーンのある銀河(NGC 4672)。ダークレーンである暗黒星雲の中で星がたくさん誕生すると、川は一本になる。 https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/5e/NGC4762_-_SDSS_DR14.jpg https://ja.wikipedia.org/wiki/NGC_4565#/media/ファイル:NGC_4565_and_4562.jpg

ダークレーンの存在は銀河の見え方に影響を与える。しかし、それは観測する方向だけでなく、タイミングにもよるのだ。

川の見え方に一喜一憂するよりは、ダークレーンがいつ、どのようにしてできたのか、あるいは今後の星の誕生可能性を調べることの方が重要だろう。実際、それが銀河の研究になる。

銀河の「闇」を調べろ!

銀河の誕生と進化。この大筋はダークマターが決めている。一方、星の誕生に関していえば、密度の高いガス雲が決めている。そこはダークレーンとして見えている。銀河を総合的に理解するには、この二つの闇、ダークマターとダークレーンを調べていかなければならない。

「僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう。」 (『【新】校本 宮澤賢治全集』第十一巻、筑摩書房、1996年、167頁)

このカムパネルラの決意は重要だ。さあ、私たちも続こう! 
銀河の「闇」を解き明かすのだ!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?