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宮沢賢治の宇宙(35) 「不完全な幻想第四次の銀河鉄道」とは何か?

不完全な幻想第四次の銀河鉄道

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』は、主人公のジョバンニたちは銀河鉄道に乗って天の川を旅行する物語だ。道中では美しい天の川を堪能しながら楽しい時を過ごすが、銀河鉄道は死を乗せて走る列車だった。全体としては悲しい物語だが、不思議な言葉や出来事が満載であり、読んでいて飽きることはない。

ここでは不思議な言葉のひとつ、「不完全な幻想第四次の銀河鉄道」について考えてみたい。この言葉はジョバンニが持っていた銀河鉄道の切符に端を発する。ジョバンニは銀河ステーションで銀河鉄道に乗り込んだとき、切符をもらった記憶はなかった。ところが、上着のポケットを探してみると、紙切れが見つかった。四つ折りで緑色、ハガキぐらいの大きさの紙だ。

銀河鉄道に乗り合わせていた「鳥捕り」と呼ばれる不思議な人物がこの切符を見て驚いた。

「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんたうの天上へさへ行ける切符だ。天上どこぢゃない、どこでも勝手に歩ける通行券です。こいつをお持ちになれあ、なるほど、これほど不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈でさあ、あなた方大したもんですね。」 (『【新】校本 宮澤賢治全集』第十一巻、筑摩書房、1996年、150頁)

ここに「不完全な幻想第四次の銀河鉄道」が出てくる。「不完全な幻想第四次」とは何のことだろう? 

第四次が時間ならば?

賢治は作品の中で「第四次」や「四次」という言葉を「時間」の代わりに使っていることが多い(以下のnoteを参照)。

note「宮沢賢治の宇宙」(33)賢治の四次元観https://note.com/astro_dialog/n/n620f6082a5f4

「幻想」とは、「現実にはないこと、起こり得ないことを、あたかもあるかのよういに思い抱く」ことだ。賢治はさらに「不完全な」という形容詞まで付けている。なかなか、解釈は難しそうだ。

銀河鉄道に黙って乗っていれば、桃源郷のような素晴らしい場所、あるいは天国に行けるかも知れない。こういう未来を期待しているのだろうか? 

ジョバンニとカムパネルラは「本当の幸せ」を探していた。銀河鉄道はそこに案内してくれる列車のはずだ。そういう意味では「不完全な幻想第四次」よりは「完全な第四次」の方がよいのだろうが・・・。

時間も空間も相対的、さらには揺らいでいる。考えてみれば時空そのものが不完全なのだ。銀河鉄道よ、君は大丈夫なのか?

銀河鉄道の速度は光速を超えていた!

銀河鉄道の速度を評価してみよう。まずは、旅路の復習だ。銀河鉄道は「はくちょう座」の北十字から「みなみじゅうじ座」の南十字に向かって天の川の中を走る(図1)。

図1 銀河鉄道の旅路。銀河鉄道は「はくちょう座」の北十字から「みなみじゅうじ座」の南十字に向かって天の川の中を走る。 (天の川銀河:GAIA、釜石線の電車:畑英利)

この広い天の川(図2)。銀河鉄道はどの区間を走ったのだろうか?

図2 天の川銀河を真上から見た図。天の川銀河の中にあるガス雲の運動を再現する天の川銀河の形。 (馬場淳一)

銀河鉄道の時刻表

ここで、銀河鉄道の時刻表を検討してみよう。この時刻表は斉藤文一による『科学者としての宮沢賢治』(平凡社新書、2010年、75頁)に基づいて作成した。

 

白鳥の停車場を23時に出発し、南十字ステーションには第3時に到着する。なぜ「3時」ではなく、「第3時」なのか、いろいろ議論がある。しかし、ここでは簡単のため、午前3時のことだと解釈する。この場合、銀河鉄道が天の川の中を走っていた時間は正味4時間になる。

では、銀河鉄道はどのぐらいの距離を走ったのだろうか? 図1を見ると、「はくちょう座」から「みなみじゅうじ座」まで、天の川の半分ぐらいを横断したように見える。天の川銀河の直径は10万光年なので(一光年は光が一年間に進む距離で、約10兆キロメートル)、その半分とすれば走行距離は5万光年にもなる。そんなに走ったのだろうか?

実は違う。「はくちょう座」はα星のデネブ、「みなみじゅうじ座」もα星のアクルックスで代表させよう。それぞれの星までの距離は、デネブまでが1400光年、アクルックスまでが320光年だ。これら二つの星の距離は1700光年。つまり、銀河鉄道が走った距離は1700光年だったのだ(図3)。

図3 太陽系からデネブまでの距離は1400光年、アクルックスまでは320光年。これら二つの星の距離は1700光年。

ここで、図3の地図を天の川銀河全体の図に入れてみよう。なんと、銀河鉄道が走っていたのは、本の狭いエリアだったのだ(図4)。

私たちが夜空に見る星は太陽系に近い星々だけだ。肉眼で見える星の大半は2000光年以内にある。残念ながら、天の川の端まで見通しているわけではない。

図4 図3を天の川銀河全体の画(図2)像に入れ込むと、非常に狭いエリアであることがわかる。天の川全体の姿は左に示した。 (馬場淳一)

銀河鉄道は1700光年の距離を4時間で走り抜けたことになる。このデータに基づいて銀河鉄道の速度を計算すると図5のようになる。

図5 銀河鉄道の速度。

秒速1.1兆キロメートル。これは光速である秒速30万キロメートルよりはるかに速い速度だ。アインシュタインが特殊相対性理論を構築するとき仮定したことがある。それは「あらゆる物質や電磁波の速度は光速を超えることはできない」ことだ。銀河鉄道はこの約束事を破って走ったのだ。

銀河鉄道の旅路。それは、ありえない旅路だったのだ。これが「不完全な幻想第四次の銀河鉄道」の意味だったのか。

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