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井上陽水と宮沢賢治(7) 東へ西へ、西も東も

月は東へ西へと流れるのか?

井上陽水の名曲の一つに『東へ西へ』がある。

昼寝をしたら、夜、眠れなくなりますよ。
こんなことを注意してくれる歌は珍しい。それが理由ではないが、大学時代、友人たちとギターを掻き鳴らしながら大声で歌うとすれば、『東へ西へ』だった。馬鹿馬鹿しくも、歌いやすい歌なのだ。

ただ、この歌は天文ファンにとっては悩ましい。なぜなら、月は西へとしか移動しないからだ。太陽と同じだ。

🎵月は流れて東へ西へ

こんなことは起こらないのだ。
月は地球の自転のため、東の空から昇り、ひたすら西へと動いて沈んでいく。太陽や星と同じだ。つまり、東へ動くことはない。

🎵空ではカラスも喜んでいるよ・・・
🎵黒いカラスは東へ西へ

これはありうる。
朝早く起きてバルコニーに出ると、向こうの森からカラスが群れて飛んでくる。そして宵闇が迫る前になると、今度はねぐらのある森へ帰っていく。黒いカラスは毎日、東へ西へと規則正しい生活を送っている。見習うべき生活スタイルだ。

さまよう星

さて、東へ西へと動く天体はあるのだろうか? もしあるならば、「東へ西へ」を歌うとき、知っておきたい。

まず、星はどうだろう? 星は恒星ともいう。恒なる星。つまり、星々はお互いの相対位置を変えず、東の空から昇り、西の空へと沈んでいく。その規則正しい振る舞いは、まさに恒星である。

ところが厄介な動きをする星がある。それが、さまよう星(あるいは、まどう星)、惑星だ。惑星は星ではない。太陽のような星は中心部で熱核融合を働かせ、自らエネルギーを造っている。熱核融合を起こさず、明るく見える天体がある。それが惑星だ。地球もそうだ。惑星は太陽のような星の周りを回っている。その星の光を受け、反射するので明るく見える。星の光がなければ、見えることはない。星は自力本願だが(自分でエネルギーを造り、輝く)、惑星は他力本願なのだ(星の光を反射して光る)。

その惑星こそ、東へ西へと動きを変える彷徨う天体なのだ。例えば、火星の動きを見てみよう(図1、図2)。火星は地球の外側をまわっている惑星である(外惑星と呼ばれる)。運動速度は地球より遅い。地球から火星を眺めると、地球は火星を追い越しながら太陽の周りを回っている。そのため、火星の見える方向が変わってしまい、火星が逆方向に動いているように見える時期がある。逆行運動と呼ばれるものだ。つまり、火星は東へ西へと動くことができる。

ただし、一晩のうちに東へ西へと動くわけではない。数ヶ月観測しないと、そういう動きは見えてこない(一晩だけの観測なら、普通の星のように東の空から昇り、西の空に沈んでいく)。また、地球の内側を回る金星は(内惑星と呼ばれる)、明けの明星として明け方の東の空に見える時期もあれば、宵の明星として夕暮れの西の空に見える時期がある。内惑星の方が外惑星に比べて、東へ西への動きが極端である。

なお、以下の情報も参考にされたい。

『天文学辞典』

国立天文台

図1 火星の逆光運動の説明。 https://ja.wikipedia.org/wiki/順行・逆行
図2 図1で示した火星の逆光運動を天球面に投影した図。A1からA2までは順行運動するが、A2からA4までは逆行運動する。その後、またA4からA5では順行運動になる。 https://ja.wikipedia.org/wiki/順行・逆行

西も東も

ところで、陽水は宮沢賢治の作品に関心を持って、歌にしている。その代表例は「雨ニモマケズ」をフィーチャーした「ワカンナイ」である。

note「井上陽水と宮沢賢治」(1)雨ニモマケズはワカンナイのよ

賢治の作品を眺めていたら〔西も東も〕というタイトルの詩があった(第四巻 詩 [III] 本文篇『春と修羅 第三集 詩稿補遺』、131頁)。

西も東も
山の脚まで雲が澱んで
野原へ暗い蓋をした

『西も東も』は内向きイメージがある。一方、『東へ西へ』は外向きの動的なイメージがある。東と西の配置も逆だ。陽水が賢治の〔西も東も〕を読んで『東へ西へ』を思いついたのだろうか?

うーん、まあ、考えすぎだろう。

おっ、月が東へ西へと動いているな

🎵月は流れて東へ西へ

もし、こう見えたのなら、おそらくお酒に酔っているのだろう。
『月下独酌』(李白)
たまには、これもいい。

彼女は花見の駅でまだ待ってくれているだろうか。

🎵夢の電車は東へ西へ


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